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武蔵大学 2019年度 後期 メディア社会学方法論ゼミ【松谷創一郎】

学生×インフルエンサー 〜Instagramを使った二足のわらじ〜

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Instagramとは? インスタグラマーとは?

 若者を中心に大人気の"Instagram"は写真投稿型のSNSである。アプリ1つで撮影、文字入れ、トリミング、色調や彩度を簡単に加工することができる。Instagramのフィードへの投稿のほかに、24時間で自動的に投稿が消える「ストーリー」という機能も2016年から追加された。

 運営会社のFacebook日本法人の発表*1によると、2019年6月7日国内の月間アクティブアカウント数が3300万を突破。(2019年3月時点)国民のおよそ人に1人はInstagramユーザーという計算になる。また、2017年の新語・流行語大賞には、Instagramの投稿のために写真を映えさせるといったことを意味した「インスタ映え」が選ばれるなど、幅広い世代に浸透しているSNSである。

 カリスマブロガーやYouTuberといった職も世に受け入れられてきている昨今、Instagramおいて強い影響力を持つ人を指すインスタグラマーという言葉もちらほら見かけるようになった。「◯人のフォロワーがいたらインスタグラマーという称号を貰える」という公式のルールはないが、一般的には1万人超えあたりから有名になってきて、次第にインスタグラマーと呼ばれるようになる。YouTubeでは、たった1つでも動画を投稿することでYouTuberと名乗ることができる反面、インスタグラマーはフォロワーの数が人気のバロメーターとなっており、多くの人からの支持があっての職業となっている。

 今回、普段は大学生として学校に通っている傍ら、Instagramを使ってインフルエンサーとして活動している二人に取材してみた。普段は同じように学生として生活している一方で、Instagramでは多くのフォロワーを抱え、支持を受けている二人。どのような経緯でインスタグラマーになったのか、インフルエンサーならではの投稿内容についてのこだわりなどについても質問していく。

・自分が発信した内容で誰かに影響を与えたい

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↑爽やかな笑顔が似合う日賀野舜さん

 まずお話を伺ったのは武蔵大学経済学部1年の日賀野舜さん。高校生の頃は野球に打ち込む高校球児。栃木県大会ではベスト8の成績を収めるなど野球漬けの毎日を送っていた。

 そんな日賀野さんがInstagramをはじめたのは野球部を引退した高校3年生の夏。現在のフォロワーは1834人(2020年1月時点)、一般人でフォロワー数が4桁に乗るというのはなかなか珍しい。

 フォロワーが増えたきっかけを聞いてみると、

高校野球の影響で地元や野球で繋がった人はかなり多かった。Instagramをを始めた日から1日に100人単位で増えていきました」

 と語る。1日に100人という通常ではありえない数字の伸びがあるのも、栃木県の注目選手であったことからだろう。

 現在は複数のアカウントを運営しており、海外留学プログラムのスタッフ、世界一周プロジェクトとや、自ら立ち上げた服のブランド「MALIPAYON」、アルバイトのアカウントも動かしている。TwitterFacebookなどもある中で一体なぜInstagramを拠点に発信をしていこうと思ったのだろうか。

「いろいろなSNSをやっていく中で、1番楽しく、自分に合っていると思いました。インスタグラマーの方とかのように映えさせるために写真を撮りに行こうとか、投稿のための写真を日頃から撮ったりなどはしていませんが、自分がやっていて1番楽しめているInstagramを使って上手く活動を広げられればいいなとは思っていました」

 Instagramの注目ポイントともいえる「映え」を意識していないという彼に、興味のあるインスタグラマーや参考にしている人はいるのかと訊いてみると、「まったくいない。誰かの投稿が見たい、というより単に自分を表現するツールとして使っています」と語っていた。

 そんな人に固執しない、サバサバしているところが、人脈が枝状に広がり、支持されている大きな要因なのではないだろうか。最近では、LINEを教える前段階としてInstagramのアカウントを交換するという風潮がある。

 日賀野さんも、その風潮は感じているそうだ。

「投稿がおしゃれだと、その人の生き方もお洒落に感じる。だから自分も人に見せたときに恥ずかしくないようにある程度を保つようにはしている」

 もはやファッションの一部のように、名刺のように使われているInstagram、彼の投稿には高画質で楽しそうな写真が並んでおり、初対面の人にはかなり好印象を与えるだろう。

 最後に、自らの服のブランドやアルバイトのアカウントの運営などでも利用しているというInstagramをビジネスの視点で見てみて、これからも流行り続けると思うかを聞いてみると、意外な答えが返ってきた。

「僕はそろそろブームは終わるのではないかなと思います。Instagramは元から有名な人だったり女の子が多かったりと、一般人、ましてや男の子はあまり伸びる世界ではないと感じました。また以前のようにTwitterに戻るのではないでしょうか。純粋にInstagramには拡散力が少ないので、RT機能もあるTwitterの方がインフルエンサーになりやすいと思います」

 物事にはブームが付き物だが、大人気のInstagramが終わりを迎える時はくるのだろうか。実際に体験している日賀野さんならではの意見は面白い観点であった。

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Instagramの投稿。雑誌のようなコラージュ、ユニークな見出しは目を引く。

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↑日賀野さんの立ち上げたブランド「MALIPAYON」で販売しているロングTシャツの写真

 

・なんともない日常からInstagram中心の生活へ

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佐藤香織さん

 次にお話を伺ったのは、某私立大学2年生の佐藤香織さん(匿名)。2018年、大学内のミスコンに出場。惜しくもグランプリは逃してしまったが、その後事務所にスカウトされ、今では飲料メーカーや人気アパレルブランドのモデルを務めるなど目覚ましい活躍である。

 ミスコン用に作ったInstagramのアカウントのフォロワーは瞬く間に3000人に達する。現在開設しているアカウントのフォロワーは5500人を突破した(2020年3月時点)。

 佐藤さんのInstagramの原点は、中学生3年頃だという。周りの子と同じように友達と遊んだ写真や旅行の景色などを載せていた、至って普通のアカウントであった。そんな彼女のInstagram人生の転機となったのは、大学1年生の頃に出場した大学のミスコンである。

 普段使っていたアカウントとミスコン用に作成したアカウントで投稿の内容に変化はあったのだろうか。

「ミスコン前までは、本当に周りの子と同じように楽しかった出来事などを投稿していて、

「『いいね!』の数などを気にしたことはなかった。だけど、ミスコン用に作ったアカウントはメインが自分をアピールすることなので、撮ってもらった写真や自撮りを載せてました。はじめは恥ずかしかったです(笑)。でも勝ちたかったので、そんなことは気にしてられません! 企画では、『いいね!』の数を競うバトルもあったのでどうしたら『いいね!』を貰えるかとかもずっと気にしてました」

 

 フォロワーの数や『いいね!』の数が増えてくるようになってからは、どうしたら多くの人の目に留まるか、飽きられることなく、自分のファンになってもらえるかと、投稿頻度や時間も気にしたという。

「元からそこそこのフォロワーを抱えている人脈の広い人や、インスタグラマーやサロンモデルで人気の方達との競争だったので、普通の大学生だった自分は出来るだけ毎日投稿して、普段の飾らない自分の素を見せているふうな作戦に出ました。時間は正確に決めていたわけではないのですが、投稿するなら昼頃か夜11時頃を目安にしていました。昼頃は学生の人達がお昼ごはん中とかでスマホを開きやすいのでそのときに目につくように。夜はご飯やお風呂とかでバタバタする7〜9時頃は避けて、寝る前のゴロゴロする時間帯を狙ってました。結構投稿の時間帯によって『いいね!』数とかも左右されますね」

 彼女にとってのInstagramとは、自分を表現できる唯一の武器であった。時間帯や投稿頻度など、戦略立てて発信していた佐藤さん。旅行先やお洒落なカフェでの写真など、どちらかというと学生感のない非日常的な投稿の多い候補者に比べて、毎日の飾らない自分を投稿し続ける彼女に惹かれるのは時間の問題であった。毎日少しずつフォロワーが増えていき、最終的にはミスコングランプリに次ぐフォロワー数になっていた。

 「ミスコンが落ち着いた今でも、投稿には気を配るか?」と聞くと、「もう常に見られている感覚は抜けない」と笑いながら語る。

「ミスコンの時みたいに敏感に『いいね!』の数気にしたりすることはなくなったので、投稿時間も内容も結構自由にやってます。事務所に所属したこともあり、嬉しいことにお仕事もいただいているので、お仕事関係の投稿が多くなってしまいますね」

 写真投稿の際の説明欄で、メッセージの末につけるハッシュタグが、多いときには20個を超える佐藤さん。数や言葉にこだわりはあるのだろうか。

「ミスコン前までは、『ハッシュタグは多くつければつけるほどインスタグラマー気取り』みたいな印象だったので、恥ずかしくてあまりつけていなかったのですが、今は自分で言うのは恥ずかしいですがまぁまぁなフォロワーの方に支持してもらっているので……投稿に関係している言葉をとにかく色々な方面で付けて、検索したときに誰かの目に留まるようにしています」

 今やってる仕事のほとんどがInstagramで声を掛けて頂いたものだそうだ。商品を提供してもらい、実際に使ってPRしたり、サロンモデルのお仕事をしたりなども色々な仕事こなす彼女にとって、ハッシュタグは重要な役割を担っている。

 ミスコンに出場、事務所からのスカウト、いろいろな企業から仕事をもらい、たくさんの人から支持を受けている佐藤さん。順風満帆そうにみえる彼女にも、Instagramを利用している中で、今でも記憶が鮮明に残っているほどに悲しかった出来事があったという。

「今のアカウントは自分の何気ない日常も載せていて、いつも投稿に対してありがたいことに沢山のコメントを頂きます。ある日、友達と遊んだときのツーショットを載せたことがあったのですが、コメントで『香織の方がかわいい!』、『やっぱり一般人とは格が違う!』と複数友達を下に見るようなコメントが来ていて、一緒にいる友達からしたら何も悪いことをしていないのに、全然知らない人に自分のことを悪く言われているように感じますよね。その子は笑い話にしてくれたのですが、一歩間違えたら大切な友達を失うところでした。もっとそういう所も気を配らなければと、自分の考えの足りなさに悲しくなりました」

 自分のせいで、何も悪くない友人を傷つけてしまったこの出来事は今でも心に残っているそうだ。芸能人ではないが、応援してくれる人がついている一般人ともいえない微妙な立ち位置。SNSの難しさを考える瞬間であった。

 佐藤さんの今の目標は、学業をおろそかにしなこと。あくまでもインフルエンサーのお仕事は二足目のわらじということで、今は目標であるお仕事につけるように学業を第一に試験に向かって頑張っている。取材の前後で、テスト勉強の大変さについて話した時は、同じ学生である事を再認識した。合間にはファンの方から頂いたコメントにきちんと返信しており、二足のわらじをきちんと履きこなしている姿に心を打たれた。決して驕らず、謙虚な姿を見て応援したくなる人は多いだろう。

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↑成人式の時の写真の一枚。きらびやかな振袖とデザインの凝ったネイルを、一枚の写真の中でうまく魅せている。


・二人のインフルエンサーにお話を聞いてみて、そしてこれからのInstagramの展望

 お二方に取材をしてみて、どちらもInstagramというSNSを自分を表現する1つのアイテムとして上手に使いこなしている印象を持った。旅行先での綺麗な風景の写真や自分のブランドの服の宣伝、常に複数のアカウントを同時に動かしている日賀野さん。それに対し、サロンモデルやモデルの仕事で撮ってもらった綺麗な写真、すっぴんの状態やパジャマを着ている自撮りなどの投稿で、同世代の女の子の憧れはもちろん、その可愛さから男性のファンも虜にする佐藤さんの投稿。性別や投稿内容は違えども、フィード画面を見たときの、系統の揃った画面は一般人離れしており、一目でインスタグラマーであろうということが伝わってくる。

 「映える」かたちを取らずとも、自らの発信していく内容に共感の声があがり、若者を中心に支持されていくタイプと、「映える」を意識した投稿内容に憧れを持たれ、自然とファンが増えていき、幅広い世代から支持を受けるタイプ。Instagramを利用したインフルエンサーと一言にいっても様々な系統やタイプがあることを知った。

 スマートフォン1つで手軽に始めることができ、上手くいけばインフルエンサーになり得ることができるInstagramにおいて、その手軽さからインスタグラマーになろうとする人はかなり多い。その中で、頭ひとつ抜けるというのはかなり難しいのではないかと思う。広い人脈を持った日賀野さんは別としても、佐藤さんはミスコンという多くの人の目に止まる舞台に出たことと、投稿内容や時間などの戦略を立てるという地道な努力の末にインフルエンサーになった。

 また、二人は学生という本業を怠らずにInstagramを活用できているが、常に複数のアカウントで様々な情報を発信したり、映えることを考えて生活したり、というのは簡単に真似できることではない。二足のわらじを履くというのは簡単なものではなく、それなりの覚悟が必要だろう。日賀野さんが言っていたように、いつInstagramのブームに終わりが来るかはわからない。ブームが終わったときに困ることのないように、世間に取り残されることのないように、上手く使い方を考えなければいけない。依存するのではく、そのときの流行りに乗って上手く移動できるようなフットワークの軽さもインフルエンサーになる共通の条件なのかもしれない。

 学生とInstagramを使ったインフルエンサー活動の二足のわらじを履くことに成功している二人。多くの人の支持を受け、様々な道の選択肢が増えている現状、学生生活が終わってからの人生も上手くやっていけるのだろうなと感じた。

 

取材・文/奥村葵

*1:https://about.fb.com/ja/news/2019/06/japan_maaupdate-2/ FACEBOOK Newsroom」(2019年7月6日付)

大学スポーツの転換期!? ―UNIVASの役割―

問題提起

 大学スポーツは、大きな転換期を迎えている。

 2019年3月1日、大学スポーツ協会・通称「UNIVAS」がアメリカの全米大学体育協会(以下「NCAA」)を参考にして発足した。また、日本体育大学筑波大学などでは、それに先駆けて「アスレティックデパートメント」が開設されるなど、大学スポーツの変革が始まっている。

 日本の大学スポーツは、趣味の延長線上として大学から場所を提供されているだけであり、大学自体がその活動に関与することがなくそれを統括する組織もなかった。いわば自由に活動している状況だ。部費の管理に関しても、主に監督、部長、コーチ、あるいはマネージャ―が行っており、中々実態を把握することが難しく、また学校に対しての報告義務がないため、部費の乱用など度々問題になってきた。

  • 日大タックル問題で見えた不透明さ

 こうした状況下で、この不透明さが浮き彫りになった出来事がある。「日大タックル問題」だ。

 2018年5月6日、日本大学フェニックスと、関西学院大学ファイターズの定期戦において、日本大学の選手が、関西学院大学の選手に反則行為にあたる危険タックルを3度して、負傷させた。日本大学は内田正人監督とコーチを懲戒処分。また、タックルをした選手及び、日本大学フェニックスに2018年度シーズン終了までの公式試合の出場資格処分が下された。

 この問題では「責任の所在」と「パワハラ」が問われた。タックルをした選手は、大学より一足早く記者会見をし、定期戦3日前に練習を外され、試合前日には、内田前監督から「つぶせば出してやる」といわれ、選手はこれを「相手選手にけがをさせろ」と解釈していた。しかし大学側は記者会見を受け、この指示は「最初から思い切って当たれという意味」と選手を否定するコメントを出した。このコメントに「指導者が選手に責任を押し付けている」、「なぜ危険行為をした際に、監督あるいはコーチは選手に指導しなかったのか」など、様々な厳しい意見が寄せられた。結果的にこの問題は、違法行為と認定できず、責任の所在は今もなお、藪の中にある。

 アメリカのNCAAでは厳格なルールがあり、それを破った場合、多額の罰金が科せられる。2011年、ペンシルベニア州立大学は、アシスタントコーチのうちの一人が犯した児童虐待事件を組織的に隠蔽し、NCAAは6000万ドル(110円で約66億円)の罰金を科した事例がある *1。その他、オフシーズンとプレイオフへの出場資格はく奪など、多くのペナルティーが科せれたが、ペンシルベニア州立大学はNCAAを脱退することはなく、この多額の罰金を即納した。NCAAはそれだけ、アメリカの大学スポーツにおいて、重要な役割を果たしている。

  • UNIVASが大学スポーツを変える

 そもそもNCAAという組織は何なのか。組織の始まりは1900年代初頭、当時のセオドア・ルーズベルト大統領とその他数名によって行われた会議とされている*2。その背景には11890年から1905年の間で、330人が高校、大学、レクリエーションを含めたアメフトにより死亡し、1905年に至っては大学生3人が死亡、88人が重傷するなど、多くのスポーツチームが活動を休止する大学が増えた。そうしたことを憂慮した関係者が、NCAAを組織していった。現在では、加盟数は1200校を超え、約50万人の学生アスリートをサポートしている。NCAAの役割は、大きく分けて6つある。

  1.     学業がおろそかにならないようなルールの制定とその運用および監視
  2.     学生アスリートがビジネスに巻き込まれないためのルールの制定と運用
  3.     トーナメントの主催
  4.     ビジネス
  5.     リクルーティングの監視
  6.     利益共有

    *3

 これらの役割が相互に作用しあい、大学スポーツの発展に貢献している。特筆すべきなのが、学業もおろそかにしない点だ。「学生の本分は、勉強である」を大原則に、オンシーズンとオフシーズンを明確に定め、オフシーズンの練習を禁止している。また練習時間も制限しており、学業に励むとともに、怪我の防止に一役買っている。

 では、日本の大学スポーツではどうだろうか。野球を例にして考えてみる。大半の大学は、2、3時間の練習を週5~6日行っている。また、朝練なども行っている大学もあるだろう。それにプラスしてアルバイトをすると考えたら、1週間のうち学業に充てる時間はほとんどない。また、東都大学野球連盟などでは、土日は六大学野球連盟が明治神宮球場を使用しているため、平日にリーグ戦を開催している。少なくとも、週2日は大学に行くことができない。学生の本分を見失っている。

 日本体育大学では、いち早く大学スポーツの改革に取り組んだ。UNIVASが設立される以前の2017年4月、アスレティックデパートメントが開設された。

現在競技力の向上だけでなくて、大学スポーツの変化に対応した総合的な組織が必要ではないかと学内で議論が上がりました。そういったことから、大学スポーツの振興に寄与することを目的に、学内の運動部を一体的に統括する統括支援組織として、アスレティックデパートメントの設立に至りました」

 日本体育大学体育学部教授の岡本孝信さんは、そう説明する。

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日本体育大学体育学部教授の岡本孝信さん(本人提供)

「学生が安心して部活を行えるような教育であったり、リスクとか危機管理のマネジメントの講習会を積極的に行ったりだとか、あるいはコーチの育成支援にも非常に力を入れるなど、各部活のサポートをしています」

 従来の大学スポーツの枠組みを越え、新たな組織作りを目指している。また硬式野球部では「体育会イノベーション」を掲げている。従来の体育会は、上下関係が厳しく、下級生は雑用を押し付けられるというイメージがあった。その悪しき伝統を払拭し、上級生が自ら雑用を行い下級生が心身共に余裕ある生活を築くことで、野球のみならず学業においても力を入れることができる、新たな体育会の伝統を築き上げようとしている。このような取り組みもあり、硬式野球部は2017年の明治神宮大会において、37年ぶりとなる日本一に輝いた。

「野球部自体が旧態依然からの脱却を図ることを積極的にやっていたんです。上下関係をできるだけ撤廃をして、これまでにない体育会の組織づくりを、アスレティックデパートメントの設立とうまく並行して成功している事例ですね」

 アスレティックデパートメントが設立されてわずか約半年のことであったが、その役割は非常に重要なものであるといえる。

「本学の具志堅幸司学長も『日体大のスタンダードがUNIVASのスタンダードになるように先進的な役割を果たしていこう』と述べられていますので、今後はUNIVASと共同で様々な取り組みが実現できるのではないかなと考えています」

 まだUNIVASは創立されて間もない。先進的な日本体育大学アスレティックデパートメントの取り組みは、今後のUNIVASにおける活動の模範的存在として、大学スポーツ界を担っていく。

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日本体育大学世田谷キャンパス(日本体育大学提供)

 岡本さんは「運動部に所属している学生が、安心して部活動を続けていけるための保険制度を、ぜひ実現してほしい」とUNIVASに期待を込める。スポーツをする上で、どうしても年間に数回の重大な事故が起きてしまう。しかし、現在の保険制度では大学ごとに保険制度が異なっており、大学によっては十分な補償がされず選手自身が負担を強いられるケースもある。全スポーツ選手が安心して競技に打ち込めることで、結果的に競技力向上にもつながる。

 また、UNIVASは事業内容に「学びの環境の充実」を掲げているおり、セカンドキャリアの援にも取り組んでいる。

プロ野球を例にしてみると、引退後、野球に携わる仕事をしている選手はほんの一握りであり、大部分は企業に就職するか、自営業を営むことになる。しかしプロ野球選手の多くは、今まで野球に打ち込み、社会人に必要なスキルを身に着けておらず、セカンドキャリアがうまくいかず途中で挫折することが多い。

「1つのことだけに集中をして、やり遂げることが美学」の日本では、セカンドキャリアのことはあまり考えられることがない。「大学スポーツを変えるなら、教育制度を変えるしかない」といっても過言ではないだろう。それだけ日本の大学スポーツは未熟であり、よく言えばさらなる発展を遂げる可能性を秘めている。その役目を担うのがUNIVASだ。

 

  • 大学スポーツの発展に向けて

 大学スポーツは、選手は人格形成、コーチはコーチング能力の向上を図る場。岡本さんは期待を込める。

「指導する者、受ける者が、競技力を高めるだけではなく、アスリートとして尊敬される人格を形成していく」

 大学スポーツそのような意味において、とても重要なものとなる。

 UNIVASが創設されてからまだ目立った功績は出ていないが、取り組みの1つとして「UNIVAS CUP」がある。どのスポーツにも言えるが、今までは競技ごとの優勝しかなかった。しかしこれは、大学スポーツの総合力を競う大会として開催されている。これにより、今まで注目されることのなかった競技にも応援の目が向けられるようになり、大学スポーツ全体の活性化、さらには大学のブランド力の向上にもつながる。2019年12月23日現在、131の大学が参加しており、優勝を目指している。

 「大学スポーツを活性化させるには、学生の力が不可欠であり、知恵とエネルギーと時間をかけて、みんなで考えていかなければならない」

 武蔵大学教授として、スポーツを専門に研究している上向貫志さんは熱く語る。

 学生が積極的にアクションし、大学を動かすことが大切なのだ。最近では、TwitterInstagramで活動を投稿している部活動が多くみられる。福島大学硬式野球部では、Twitterの投稿に力を入れており、新たな試みとして「選手密着型動画投稿」をしている。数年前は200人弱だったフォロワーも、現在では約1250人と、多くの人から注目を集める組織となった。こうしたソーシャルメディアの影響力は強く、学生がアクションするのに有効な手段だといえる。

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武蔵大学教授の上向貫志さん(2019年12月6日、上向さんの研究室にて。撮影:秦理人)

 また上向さんが勤務する武蔵大学は、現時点ではUNIVASに加盟していない。上向さん自身もなぜ加盟しないのかは知らないというが「大学スポーツに力を入れている大学と、入れていない大学では課題が劇的に違う」と述べる。

武蔵では大学がスポーツを支援していなさすぎる。しかしスポーツを大学の1つの武器として、アイデンティティの醸成のためのツールとして使うのであればお金がかかる。そこに中々舵を切ることができないのが現状」

 大学スポーツの変革が行われている今こそ、変わるときが来たのではないか。それが必ずしもいい方向に進むとは限らないが、スポーツは人を魅了するだけの力がある。

 今後の大学スポーツの展望として、岡本さんは「これまでは大学スポーツは任意団体だと認識がありましたが、単なる部活動ではなくて、大学としてどういうふうな組織づくりをしていくかが、今後の発展に大事になっていくんじゃないかと思います」と大学スポーツの発展に期待を込める。

 UNIVASはそのような点で、大学スポーツの発展のキーマンとなる組織だ。大学スポーツはかつてのしがらみを捨て、新たな伝統を築き上げていく。部活動に打ち込む場だけではなく、人格形成の場としても世間から認知されるようになれば、人口も増え、さらなる活性化につながる。今後のUNIVASの活動に注目だ。

 

取材・文/鈴木優輝

*1:冷泉彰彦、「陸の孤島『ペン・ステート』を揺るがした『少年への性的虐待疑惑』」『Newsweek』(2011年11月17日/https://www.newsweekjapan.jp/reizei/2011/11/post-367.php

*2:谷哲也「日本の大学スポーツ改革・日本版NCAA創設」 『デロイトトーマツ』(2017年12月20日https://www2.deloitte.com/jp/ja/pages/consumer-and-industrial-products/articles/sb/japan-ncaa.html

*3:河田剛『不合理だらけの日本スポーツ界』(2018年/ディスカヴァー・トゥエンティワン)1

演劇と食を融合する劇メシ -新感覚のエンターテインメントと空間の面白さ

 「劇メシ」とは、食事をしながら演劇が観られる企画のこと。レストランを使い、360度で展開される演劇空間が魅力。取っつきやすさと単純明快な面白さ。観劇慣れのいらない環境、そして「劇メシ」が生み出す、新たなエンターテインメント性について分析する。

 演劇。それを観た経験のある人はどれほどいるだろうか。「劇団四季」「東宝」など、名前は周知されているにもかかわらず、観に行く人は少ないのが現状だ。シェイクスピアゲーテなど、格式が高いと認識されてしまっているからだろうか。いや、単純に劇場そのものへ足を踏み入れること、それ自体がハードルであるとも考えられる。いつやっているのか分からないから行かない、そんな声も存在する。どちらにせよコアなコミュニティ内での活動に留まっているようだ。

 そんな状況を打開しようとする企画がある。「レストラン空間そのままに、360度で展開される演劇を、食事をしながら楽しむ、新感覚の観劇体験」をモットーにしている「劇メシ」だ。

【キャラとの近さ、壁のない演劇】

 「劇メシ」は、演劇を身近に感じてもらうことを目標にしている。ここでは名前の通り、食事をしながら劇を楽しめる。劇場ではなくレストランで劇が進行し、空間全体が物語の世界となる。

 劇場のない地方でも開催が可能である強みを使い、”劇場のない街にエンターテイメントを”を掲げ、東京や千葉など関東地方から滋賀、名古屋、福岡と幅広い地域にて上演を行っている。

 2016年7月に東銀座でスタートを切った「劇メシ」は、3年間でオリジナル作品を7作、各地域合わせて120公演以上行ってきた。

 元々は、演劇をやりたくても「お金がない」、「場所がない」役者に場を与えるために行ったのがはじまりだ。ただ場所を提供するといっても、小劇場で行う場合には問題が存在した。チケットの取りにくさや、情報流通の少なさにより、何を観るべきか図れない。それにより、一般人が観に行かない構図が拭えないことだ。

「普段観ない人たちが、生の良さを知ることがないのは非常にもったいない」とプロデューサーの佐川秀人は考えた。劇場で上演する課題をクリアしながらも、演じる場所を作ることはできないか。佐川は悩んでいた。

 そんなとき、会議の場所であったカフェの隣の席から会話が聞こえてきた。

「盗み聞きをしている状況って面白い」

 そこから彼は、レストランで公演を行う演劇の形を見出した。劇を観に来た、ではなく、ご飯を食べにきたところに劇が始まる。隣の席をのぞき見する感覚で演劇を観せる形が完成した。

 客は集合時間(開場時間)になると、全席自由席で各々好きな場所に着席する。ワンプレート・ワンドリンクが振舞われ、食事を楽しんでいればいよいよ劇の開演だ。内容はもちろん脚本によって異なるが、基本的に単純明快で楽しいと感じさせる演目を上演している。

「小難しいことはいらない。楽しかったと思って帰ってもらえるのがいい。そして、やっぱり生のお芝居って素敵なものなんだなと思ってくれることが一番の狙い」と佐川は語る。観ると容易に理解できる。佐川のエンターテイメント心が伝わってくる作品ばかりだ。

 さらに2019年には、同タイトル、同シチュエーションで脚本を変えた4か月連続のトライアル公演『キツネたちが円舞る夜』が上演された。この作品は全ての公演で「政治家の娘が誘拐された。身代金受け渡しの場所に指定されたのはとあるレストラン」と書き出しは同じだ。

 しかし内容は全くの別物である。犯人側の視点で描かれたものや、観えているはずの私たちも気づかないうちに、身代金のカバンがすり替えられているミステリーなど、同じシチュエーションでありながら多方面の面白さが創り出されている。観客は『キツネたちが円舞る夜』のパロディやアンソロジーを見ているような面白さを感じるのだ。

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 2019年6月22日~30日、特別公演特別企画公演6月『キツネたちが円舞る夜』公式フライヤー。

 レストランで行う演劇が新感覚エンターテイメントとしてよく語られるが、この挑戦的な公演の形もまた新しさだと言えるだろう。

 また「劇メシ」では、単純に演者との近さも魅力の一つだといえるだろう。

 元来から演劇は、客席と舞台で、観る/観られるの形式がどうしても存在する。この「客とキャストとの壁」は演劇界で、いかにして無くすか長くに渡って課題になっている。「劇メシ」はその問題に対して、真っ向に立ち向かっている。

 「劇メシ」には、客とキャストとの壁が限りなく存在していない。役者が、開演前にまさに私たちが歩いていた机と机の間や、隣の席に現れるからだ。そのとき、役者は舞台の上の遠い人ではなく、レストラン空間でともに流れを共有する客の一部となる。

 よく色々な劇団で行われるアフタートークや、ハイタッチ会などの近さとは根本的に違う。この近さは、役者が私たちに近づいてくれるのではなく、役の生きる世界に私たちが、レストラン空間を介して入り込むのと同義といえる。私たちがひたすらに受動的にいても、劇に囚われてしまう。そういった力強さが存在している。

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客席のテーブルにもたれかかるキャスト(2019年11月15日、神奈川県川崎市のTHE CAMP CAFE &GRILL。撮影: 仲川桜子)。

 巻き込みの力は、場によるものだけではない。キャストがこちら側に干渉してくる。それも裏芝居で、本筋としてないときにも。

 劇場において、台本の流れで客に絡むことはあっても、それはスペシャルな出来事として行われる。しかし「劇メシ」は、同じ空間を共にしているレストラン客の一人として話しかけてくる。それにより、自分と役者は対等と気づく。

 「お客さんはただの客じゃなくて、いるものとしている」と佐川は語る。私たちが巻き込まれるわけだ。

【劇メシが作る世界観に入り込む】

 劇には、私たちの理解力、ないしは理解しようとする関心が少なからず必要とされる。勿論、役者達はプロであるから、全てを表現として魅せてくれている。しかし、その世界に身を投じ、魅せてくれている世界にいかに入り込むかは、私たち次第の部分がある。

 多くの人に楽しまれている「劇団四季」などは、比較的理解がしやすく、観やすい。しかしチケットの取れなさ、舞台と客席の距離の遠さ(席によって異なるが)はどうしても発生してしまう課題だ。物理的距離が遠い、つまり自分でいかに入り込むか否かが、観た後の満足感を大きく変える。

 では、勝手に空気感を感じられる近さを求めて、小劇場に行くのか。そうなると、通でない人にとってはさらに、チケットの入手法がわからない。それだけでなく、小劇場では「このチケットを取ってくれているぐらいだから」との考えがあるからなのか、表現が難解であることが多い。

 今は課題点だけを挙げたが、勿論双方に良さはあり、魅力も存在する。しかし、どちらにしても、能動的に観る意思が必要であることには変わりない。

 対して「劇メシ」は、自分の意思で、レストランまで足を運ばなければならないことに変わりはないが、観始めれば巻き込みの力により、劇に慣れていなくても楽しめる魅力が沢山ある。普段から劇を楽しんでいる人も、もちろん例外ではない。様々な工夫や、そこに存在している空間によって、どんな人でも楽しめる。

 まず、先ほども取り上げた、役者との近さがある。近さがどんな効果を創り出しているのかは前述した。しかし、それだけではない。レストラン空間でやる、つまり舞台袖(役者がハケる場所 私達から役者は見えなくなる)が存在しないことが魅力でもあるのだ。役者が常に目に見えるところに存在している。つまり、本筋の芝居でないときの演技も全て観ることができる。

 役者がその場からいなくならないことは、時間共有において大きな意義を持つ。役者は特殊なバックグラウンドを持った同じ客の1人として錯覚を起こさせる。ここに、受け手側である私たちの高度な理解力は必要とされない。観やすさと親しみやすさは、ここから来ている。

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画面右、驚きの表情を浮かべる男性も役者(2019年11月15日、神奈川県川崎市のTHE CAMP CAFE &GRILL。撮影:仲川桜子)。

 またこれらの芝居は、もちろん役者が立っている場所で起きるため、自分が座る場所によって見えるものや人が変わってくる。これも魅力だ。

「リピーターとして来てくださる方が多く居る」と佐川は言う。この「座る場所によって景色が大きくかわる」という魅力が、私達、いや「劇メシ」の魅力に囚われてしまった私達が、ついリピートをする要因だ。佐川は「結果としてハケる場所がなかった」と語るが、それをも魅力に変えてしまう演出がそこにはある。

 2つ目に、レストランでやること自体が魅力だと考えられる。

 これまでも示したように、近さはもちろんだが、レストランを使った空間では、あくまでもそこが食事の場所であることが魅力だ。

 まずここには、足を踏み入れること自体にハードルが存在する劇場へ行く行為が必要とされない。

 そしてなんと言っても、演劇を観た後、食事を続けながら語り合える空間がそこにはある。終演後にはキャストも席を回り、キャストに感想を伝えたり、話を聞いたりできる。食卓を囲みながら、話題の一つとして、演劇の話ができるのだ。これは演劇本来の魅力の一つでもある「一体感」をこの空間と時間で提供していると言えるだろう。

 また、ここでは高度な考察や評価は語られない。ただ、同じ舞台で同じ空間を過ごした客同士の感想の言い合いに過ぎないのだ。

「劇メシの脚本は、過去や現在を行き来することがなく、時間が飛ばない。全てこのレストラン上で起きることなのだ。同じ時間を共有する。これが良いのだ。そして、劇メシが『今日は時間があるから、外食をしよう』、『今日はショッピングに行こう』と同じように、『今日は劇メシに行こう』となれば嬉しい」と佐川は語った。

 筆者が体験した感覚では、演劇による同じ時間の共有も、食事を楽しむ空間もそこには存在していると感じた。

【単純明快に演劇の面白さを伝える】

「何よりの魅力は、上映時間が短いこと」

 最後に佐川は教えてくれた。「劇メシ」は、高度な理解力や、能動的に観ること、想像ができない劇場に足を運ぶ勇気、約2時間黙ってただ観続けるハードルがないことを示してきた。

 「劇メシ」の上演時間は約60分と、佐川が語るように短い。19時からレストラン閉店の22時まで(ある公演の例)と、3時間ほど滞在することが可能であるが、上演時間はそのうちの約60分間のみだ。つまり、ほとんどの時間が食事と語りの空間として存在している。この上演の短さこそが魅力だ。

 まさにそうなのかもしれない。共有の感覚を無理やり長く保たせる必要もなければ、物語も入ってきやすい。観終わったときに「あー楽しかった」という単純明快な面白さを、演劇を観に行く身構えをなくしつつ、しかし、生で人が創り上げる物語がいかに素晴らしいかを、しっかりと感じさせてくれるのだ。

 これはあくまで私の感覚だが、「劇メシ」を観ていると、自分がずっと自分として観ていられるように感じる。ステージと観客席の間に明確に壁がある舞台を見ると、自分の魂は舞台の上へ囚われ、人として客席に座っている自分は、世界を眺める傍観者であり、その物語にただ心を動かされる存在であると錯覚する。

 しかし、「劇メシ」では自分が常にはっきりしている。自分が日常の自分でいる状態であるにも関わらず、その物語に入り込むことができる。そういった点で、普段舞台を多数観ている人も、楽しめる新感覚エンターテインメントだ。

 そして、なによりも生の良さをまだ知らず、劇を観る習慣がない人に向けてこそ、「劇メシ」は真価を発揮する。生の良さ、客席と役者の関係、そして物語そのものを通して感じる一体感を伝えつつも、演劇特有の難しさを取り払っている。

 さらに、「劇メシ」は演劇の敷居の高さなくすだけでなく、独自の魅力も沢山備えている。演劇を観慣れたら人から、そうでない人まで、どんな人でも楽しめる最高のエンターテインメントがそこにはある。

 この魅力が詰まった「劇メシ」が、ゆくゆくは佐川が語るように「どこに行こうか、そうだ劇メシに行こう」となってくれることを私も願っている。

劇メシ http://lavo3.com

 

取材・文/仲川桜子

令和初の渋谷ハロウィーン~変化と今後について~

2018年、渋ハロの悪夢 

 2018年10月28日、ハロウィーンに沸く渋谷の街で一つの事件が起きた。センター街に立ち往生した軽トラックが酔っぱらいにより横転させられたのだ。この事件により、男4人が暴力行為等処罰法違反(集団的器物損壊罪)により逮捕された。

 事態を重く見た渋谷区は、2019年6月に「ハロウィーンやその前の週末、年末年始などに、渋谷駅周辺の路上や公園で飲酒したり、大音量で騒いだりすることを禁じる条例を制定」した*1。また、ハロウィーンの対策に約1億300万円の予算を投じ、厳戒態勢で臨んだ。

 今回この記事を制作するにあたって、軽トラック横転の事件があってもハロウィーンの渋谷には人が集まるのか、また、条例によってどのような変化が渋谷にあったのか気になり調べてみることにした。

ハロウィーン文化の浸透

 元来ハロウィーンとは古代ケルト人の収穫祭が起源である。アメリカ大陸に渡った19世紀以降、仮装した子供が近所の住人からお菓子をもらう祭として定着していった。

 日本では原宿のキデイランド主催のイベントをはじめ、ディズニーランドやユニバーサルスタジオジャパンで、秋の風物詩としてハロウィーンは浸透してきた。そんな中、2010年代から渋谷ハロウィーンは徐々にメディアで取り上げられるようになった。

2019年の渋谷ハロウィーンの様子

 私は2019年10月31日、渋谷で現地調査を行った。かつての渋谷ハロウィーンにおける若者は、傷メイクやナース、その時期に流行った特徴のあるキャラクター(主にホラー映画やピエロをモチーフとしたもの)になりきっていた。しかし、今回のハロウィーンでは、オタク文化の系譜のコスプレをしている人が多く見られた。例を挙げれば、マンガの『鬼滅の刃』に登場するキャラクターや『魔法少女まどか☆マギカ』の登場人物になりきったおじさんもいた。さらに、渋谷駅改札からスクランブル交差点にかけて、1人で仮装をしていない男性が仮装をしている女性グループに話しかけている姿が何度も確認できた。

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図1 2019年10月31日16時の渋谷スクランブル交差点

 現地では、多種多様な言語が聞こえてきた。外国人もハロウィーンの渋谷には興味津々の様だ。実際、2018年の軽トラ横転事件の逮捕者の中にはイギリス人、フランス人、ベルギー人も含まれている*2。渋谷駅前で外国人のカメラマンが日本人を取材する姿や、外国の有名人らしき人物のグループが仮装をして10人ほどでロケをしている現場を目撃した。

 私は仮装をしている何組かに街頭インタビューを試みた。最初に、声をかけたのはそれぞれ19歳の同じ専門学校に通っている男性3人組だった。3人は映画『IT』のに登場するピエロ、ペニーワイズをモチーフにした仮想をしていた。その中の1人は栃木から上京したといい、「ハロウィーンの渋谷を味わいたい」との理由で他2人の東京出身者を連れて渋谷に訪れたそうだ。この日は彼らの通う専門学校のイベント帰りだったという。

 もう一組、男性1人で縁石に座っている銀色の全身タイツ姿の男性にも話しかけた。年齢は26歳、社会人で岐阜県から来たサラリーマンだった。なぜ渋谷ハロウィーンに1人で訪れたのか聞いたところ、「ハロウィーンといえば渋谷でしょ」と話した。岐阜にハロウィーンイベントがあったらいいかと聞いたら「岐阜じゃ盛り上がらないでしょー」と笑っていた。

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図2 ハロウィーンに来た19歳の専門学生男性


2019年のハロウィーンは平和に終わった

 2019年11月下旬、私は渋谷区観光協会が運営しているクリエーションスクエアしぶやを訪れ、PRマネージャーの堀恭子さんにインタビューを行った。渋谷区観光協会とは、2012年4月に渋谷区と東京商工会議所が共同で設立した一般財団法人である。主に観光案内所の運営や渋谷区のイベントカレンダーの作成、街の情報をホームページやSNSで発信しているとのことだった。

 渋谷区観光協会はどのように、いつごろから渋谷ハロウィーンに関わっているのだろうか。聞くと15年には地域の人からの苦情が多かったそうで、16年から対策を始めたそうだ。

「15年のときに、今はもうないForever21さんや、センター街の階段に人が座って、お客さんが中に入れないということがありました。西武百貨店さんだとトイレが占領されて、お客さんが利用できなかったり。あと、フルーツパーラー西村さんは、お店を早めに閉めたけどガラスを割られたと聞きました。そういう被害が15年くらいから出てきて、街の人も警戒している感じでした」

 今回、渋谷ハロウィーンが注目されたのは飲酒規制条例が制定されたからだった。しかし、以前観光協会は16年に代々木公園でイベントを開催したことがあったそうだ。

「代々木公園って東京都の持ちものなんですよ。使える時間が20時までと決まっていて、12時から20時は人がそこにいっぱいいたんです。でも、終わったらまたスクランブル交差点に戻ってきました。17年、18年、19年は代々木公園を違うところが借りていて、観光協会としてイベント化したのはこの1回のみです」

 他にも2年ほど前に、新宿区と協力して明治通りでパレードをしようという計画があったという。しかし、新宿側が拒否したため、この話は無くなったそうだ。

 今回のハロウィーンは渋谷区が行政として初めて飲酒規制条例をかけ、約1億円の予算を投入した。渋谷区観光協会もそれに付随して、新たな取り組みを行ったそうだ。

「今回のハロウィーンは啓発活動をしようと思っていて、私たちはホームページと動画作成をしました。フラッグは渋谷区役所が中心で作っていました」

 また、駅前の巨大看板も区役所が制作したとのことだった。看板にも大きく書かれた「SHIBUYA PRIDE SHIBUYA HALLOWEENハロウィーンの渋谷を誇りに~」というキャッチフレーズは、渋谷区の熱い想いから生まれたものだった。

「マナーが悪い人って一部じゃないですか。マナーを守って楽しいハロウィーンにしたいよねってところから、プライドを持って参加してくださいという想いをキャッチフレーズにして、それに賛同してくれた芸能人の方たちがサインしてくれました。観光協会が動画にしたのがこれです」

 そう言うと、堀さんは手元のパソコンで動画を見せてくれた*3

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図3 【MOVIE】SHIBUYA  HALLOWEENYouTubeより引用)

 動画には渋谷ハロウィーンの啓発活動に賛同した14組の著名人が映っていた。ほかにも、公式サイトには啓発活動に賛同する23組の名前も連なっていた*4。また、この啓発動画の制作費は、AbemaTVの藤田晋社長が出したという。

 例年との違いは他にもあり、毎年ハロウィーンの翌日の11月1日の朝に清掃活動をしていたが、区長の「ハロウィンって31日中に終わらせたいよね」という意向から、今年は31日の夜22時から24時まで清掃活動を行ったという。

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図4 ハロウィーングッズをリユースしようという看板


 渋谷区に住んでいる人は、ハロウィーンの渋谷は訪れない。毎年苦情は絶えなかったそうだが、19年は例年とは違う印象があったという。

「今年は成功というか、悪くなかったねという感触があります。条例でお酒飲めなくしたじゃないですか。それもあって、去年や一昨年に比べたらゴミが少なかったんです。また、お酒を飲むと結構喧嘩もあったんですが、今年は平和に終わった感じです」

 ハロウィーン期間の渋谷駅に近寄らない地域の住民でも、ハロウィーンそのものを嫌っているわけではない。「原宿表参道ハローハロウィーンパンプキンパレード」*5のように地域密着型の平和なイベントに参加しているとも話していた。

客足を他の街に分散させる

 飲酒規制で例年より落ち着いたとはいうものの、他にも問題はあるようだ。

「今年は、スピーカーを乗せて騒いでいる車が多かったねって感想がありました。来ている人たちは良かったんですけど、車で来ている人たちがすごくうるさかった」

 そう言うと堀さんは苦悩の表情を浮かべた。スクランブル交差点は完全閉鎖し、車は通ることはできなかったが、スピーカーを乗せ、大音量で音楽を流す車や暴走車は、規制されていない道路で騒ぐのだ。これらの車は毎年来ていたが、今年は特にひどかったそうだ。

 ハロウィーンの渋谷には外国人の姿も多く、TVのロケのようなことを行っている姿も見られた。実感として堀さんも増えていると感じていた。

「オリンピック・パラリンピックまではどんどん増えると観光庁も言っていましたが、本当に増えていると思いました。また、ラグビーのワールドカップとも同じ時期でした。それで余計に多かったというのもあると思います」

 また、現地調査の際にガイドツアーをしている中国人の姿も見られたが、ハロウィーンのような危険と思われる日には、観光協会主催のガイドツアーは行わないとのことだった。

 インタビューの最後に、今後のハロウィーンのあり方について聞いた。20年の対策について、インタビューをした当時(19年11月下旬)では反省会は行っておらず、まだ明確にはわからないそうだ。しかし、19年の対策がうまくいったこともあり、20年にも続けるのではないか、と堀さんは個人的な意見を述べた。観光協会としても啓発活動は行っていく予定だそうだ。

「マナー啓発の動画は来年も使おうってなっていて、フラッグも捨てずにとってあります。多分また来年も使うから。そういったものをまたやりたいとは思っています。マナー啓発くらいしかできないですけどね」

 動画もフラッグも20年のハロウィーンに使うようだった。マナー啓発しかできないのは、イベントを積極的に行うと区民から人を集めないようにと苦情が来るからだそうだ。

 今後、渋谷はどのようなハロウィーンになるのだろうか。堀さんの話では、渋谷区観光協会金山淳吾代表理事大きな展望を持っているようだった。

「川崎や池袋は、街として呼び込むじゃないですか。ハロウィーンを機に街に来てもらうイベント化をしているから、東京都と協力してハロウィーンをみんなで考えて分散させたいねという話はしてます」

 神奈川県川崎市では、「カワサキハロウィン」として1997年から毎年イベントを開催している。2019年10月27日にはJR川崎駅東口周辺で約1.5キロメートルにわたりパレードを行った*6。また、池袋では毎年2万人以上が参加するコスプレイベントを行っている*7。渋谷以外の都市でもハロウィーンイベントは行っている。そのようなところと協力し客足を分散させれば、騒動は収まるのではないかとのことだった。

 最後には、カウントダウンのようにイベント化しても良いのではないかと語った。

「ゆくゆくはちゃんとイベント化した方がコントロールが効くじゃないですか。今って野放しだから。イベント化した方が、何時から何時まででこうですよ、終わったから帰ってくださいと、やりやすいと思うんですけど……」

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図5 渋谷区観光協会の堀さんとのインタビューの様子

 

葛藤の末の酒類販売自粛

 ハロウィーンの余韻もなくなり、世間はクリスマスの準備を始めようとしている12月上旬。私は渋谷区役所を訪れ、広報コミュニケーション課長の杉山省吾さんに話を伺うことができた。

 杉山さんは2015年から渋谷区に務め、同年の4月に長谷部健区長が就任したことで、区役所が初めて正式にハロウィーン対策を行ったと話した。

 はじめに杉山さんにはハロウィーンにおいてどのような問題があるのか聞いた。やはりハロウィーンの問題として挙げられるのはゴミと犯罪がほとんどで、それに準ずる形で経済が活発化しない問題があると硬い表情で語った。苦情について聞くと、センター街に多くあるチェーン店はむしろ儲かっているという意外な答が返ってきた。

「センター街に多くあるチェーン店や全国資本のナショナルブランドはクレームを寄せてはいないです。むしろそこは儲かっている方だと思います。しかし、近年はナショナルブランドの店舗も18時に閉めるなど、職員やバイトが危ないから早閉めするところがありました。センター街に関して言うと往来の人が多すぎて店に入れないから、結局店を開けても人が入ってこない状態が去年まではあったんです。今年はご存知の通り、路上飲酒規制条例をだして警備を強くしたことで、今年はちょっと違って店に入った人が多かったと気がします。条例の成果ですよ。外で飲めないから中に入る」

 店で飲めることについて杉山さんは、飲酒自体を禁止することの難しさを語った。販売自粛要請も苦渋の決断で、コンビニや酒屋の協力がなければ成り立たなかった。

「例えば渋谷の治安が悪いとか、去年の軽トラ事件が当たり前になったら、皆さんの商売にも長い目で見たら悪い影響がでますよね、そうならないために協力してくださいね──っていうお願いのロジックでした」

 「禁止にしろ」という声は、飲酒だけにとどまらず、仮装自体にも及んでいるとのことだった。しかしそれも、憲法上の理由から難しいとのことだった。

「渋谷って個性的なファッションの人が多いじゃないですか。どこからどこまで仮装で、どこからがファッションかが線を引けないわけです。仮装だから逮捕や罰金はできません。ファッションは個性とか表現なので、それを役所が線引いて罰則かけるというのは、この日本ではあってはいけないです」

 弁護士の澤井康夫は「仮装する自由や飲酒する自由は、憲法13条の幸福追求権や自己決定権の下、一定程度保障された権利です。これらの権利を規制する法律そのものがない以上、条例で無制限にこれらの権利を規制することはできません」と述べている*8憲法13条には「すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他国政の上で、最大の尊重を必要とする」とある。個人の自由を重視する日本では、むやみに飲酒や仮装を禁止することはできない。 

 今回注目されたことの一つに、約1億円の税金投入があった。この予算は、周辺の安心・安全の確保という名目で用意したものだった。内訳としては、約9000万円は民間の警備会社に委託し、残りの1000万円はゴミ対策と啓発の広告のために500万円ずつ使われていた。

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図6 渋谷駅前の櫓には渋谷周辺のマップと啓発広告があった

 ここまでは渋谷区が用意した予算について述べたが、杉山さんの話によると都民からの税金が渋谷ハロウィーンに多く投入されていることが分かった。

「今回渋谷区が1億円の条例をかけたことに、渋谷の騒動と関係ない笹塚や広尾に住んでいる方が不満に思う気持ちはすごくわかります。しかし、都のお金もあそこに投入されているんです。足掛け8日間、ハロウィーンの日は夜通し警官が投入されています。警視庁の人は東京都の公務員だから、都民が払っている都税が騒動のたびに使われているわけです。その点で渋谷区民だけが1億円に怒るんじゃなくて、本当は都民も怒ったほうがいい」

 警察官の動員数は正確に公表しておらず、杉山さんもどのくらい投入されたのかは知らないそうだ。ハロウィーンの問題は渋谷区だけでなく、東京都全体で考えていく必要がある。

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図7 渋谷駅前の警察官の様子

 

代々木公園でイベントは難しい

 16年に代々木公園で観光協会主催のイベントが行われたことは、先の堀さんの話でも出た。そのことについて、杉山さんにも今後イベント化することはないのか聞いてみた。

「代々木公園でイベントやったところで、騒乱を抑える上ではなんの役にも立たない。たしかに、安心安全で楽しいコンテンツを提供して、来街者の方に楽しんでいただく場にはなると思います。でも、曜日配列によっては1週間、今年なんかは足掛け8日間あったわけですから、1週間も代々木公園を貸し切ってイベントやるのも大変です」

 他にも、代々木公園の裏には高級住宅街があり、その住民感情を考えるとイベント化に踏み切ることができないそうだ。

「実は代々木公園の活用について、拡大利用をアプローチしているんですけど、そもそも代々木公園には閉園時間があるわけです。たしかにオールナイトで開ければ、多少吸収できる可能性はあります。でも、恐らく無理でしょう。行政が主催する、管理された健全なハロウィーンイベントに来る人は、最初から渋谷の街中でマナー守って楽しんでいる人たちだと思うんですよ。24時からハロウィーンに乗じて騒ぎにくる暴走車は、代々木公園では対策にならないですよね、残念ながら」

 杉山さんは、一つの問題が解決したら、また新たな問題が出ることに頭を抱えていた。

 最後に今後の展望について聞いた。観光協会と同じく、都全体でイベントをすることも考えていた。他にも、スクランブル交差点やハチ公広場の魅力をなくすしかないということも言っていた。しかし、区全体ではハロウィーンに寛大でありたいという意思もあるそうだ。

「区長は全面禁止しよう、全面排除しようという人ではないので、地元も潤い、いい文化になるハロウィーンになって欲しいと言っています。僕らも実感として全く同じです。仮装で楽しんでいる人たち自体は楽しそうです。ウイットの効いた面白い仮装もありますし、地味ハロウィーンも大好きです。仮装を楽しんでいる人たち自体は見ていていいなと思いますが、ハロウィーンに乗じて騒ごうとする輩が多いわけで、そのような人たちをなんとかしなければいけないというのが課題でしょう」

平和な中にも課題は残る

 以上、二人のインタビューからわかるのは、

1.19年のハロウィーン対策は概ね成功だった

2.暴走車が多かった

3.イベント化は難しい

4.来年もハロウィーン対策はする見込み

5.ハロウィーン自体は楽しんでほしい

 ということだ。

 『ジャパニーズハロウィンの謎』で一橋大学松井ゼミ生の山内輔は「渋谷では莫大な数の人が集まり、スクランブル交差点やセンター街はさながら満員電車状態になってしまう。こうした環境下では、誰がやったかわからない状況を招き、責任の所在が不明になる。この結果、個人のモラルが低下し、過激化を招いているといえる」と、渋谷ハロウィーンでの人々の没個性化を述べている*9。群衆の没個性により、罪や恥の意識が薄れてしまうというのだ。18年は軽トラック横転事件が28日に起きてしまったことで、31日に騒ぐ輩が増えてしまったとあった。しかし、山内は「没個性化には、アイデンティティは埋没しつつも、公的な自己意識が高まる状態もある」と海外でのスポーツ観戦でゴミ拾いをする日本サポーターの例も挙げている*10。渋谷の群衆も正しく先導すればマナーを守る可能性があるということだ。19年は飲酒規制条例、約1億円の予算投入で行政が本格的にハロウィーン対策に乗り出した年だ。この本気の姿勢がメディアを通して、渋谷に来る群衆に伝染し、例年と比べ比較的平和なハロウィーンとなったのだろう。

みんなが楽しめる渋ハロに向けて

 19年の渋谷ハロウィーン酒類販売自粛もあり喧嘩する人も少なく、ゴミも減ったことから平和な年になったと言える。しかし、そんな厳しい対応をしてきたにもかかわらず、暴走車のように騒ぐ輩が出てしまった。群衆の没個性化により、騒ぐ者が多ければその心理に乗せられ渋谷はまたカオスと化してしまうだろう。

 しかし、行政主体でマナー啓発や警備活動を行う姿勢だけでも見せれば、「なんでもしていい渋谷」というイメージから、「楽しく安全にハロウィーンが楽しめる渋谷」に変わっていくはずだ。メディアと群衆の心理をうまく活用し、騒ぐ人々を報道するよりゴミ拾いの活動を報道すれば、海外のスポーツ観戦の日本人サポーターのように、名実ともに「誇れる渋谷」になれるだろう。2020年のハロウィーンは2018年の悪夢が蘇らないことを祈るばかりである。

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図8 渋谷駅前のマナー啓発の巨大看板

 

取材・文/髙橋秀輔

*1:「渋谷ハロウィーンノンアル作戦」朝日新聞2019年10月25日付

*2:「軽トラ『ノリで』損壊」読売新聞 2018年12月16日付

*3:一般財団法人渋谷区観光協会SHIBUYA TOURIST FOUNDATION「【MOVIE】SHIBUYA  HALLOWEENYoutube(最終閲覧日2020年1月20日 https://youtu.be/Z0v6OiYAt7Y

*4:一般財団法人渋谷区観光協会「SHIBUYA PRIDE SHIBUYA HALLOWEENハロウィーンの渋谷を誇りに~」(最終閲覧日:2020年1月16日/http://shibuyapridehalloween.tokyo/

*5:商店街振興組合原宿表参道欅会「原宿表参道ハローハロウィーンパンプキンパレード」ホームページ(最終閲覧日:2020年1月17日/http://omotesando.or.jp/halloween/

*6:カワサキハロウィンプロジェクト「KAWASAKI Halloween 2019-カワサキ ハロウィン-」ホームページ(最終閲覧日2020年1月24日/https://kawasakihalloween.com/

*7:池袋ハロウィンコスプレフェス実行委員会「池袋ハロウィンコスプレフェス2019」ホームページ(最終閲覧日2020年1月24日/https://ikebukurocosplay.jp/

*8:弁護士ドットコム「『ハロウィン禁止条例』ネットで待望論 実際にできるのか考えてみた」(最終閲覧日2020年1月26日/https://www.bengo4.com/c_23/n_8824/

*9:松井剛,一橋大学松井ゼミ15期生『ジャパニーズハロウィンの謎 若者はなぜ渋谷だけで馬鹿騒ぎするのか?』216ページ(2019年/星海社

*10:松井剛,一橋大学松井ゼミ15期生『ジャパニーズハロウィンの謎 若者はなぜ渋谷だけで馬鹿騒ぎするのか?218ページ(2019年/星海社

巨大化するアカペラ社会 〜拍車をかける3人のインフルエンサーたち〜

  今年6月28日、フジテレビにて『全国ハモネプリーグ』が4年ぶりに放映された。610組の応募の中から15組がテレビを通してアカペラを披露し、大きな話題を呼んだ。今ではYouTubeで「アカペラ」と検索すれば、グループのチャンネルや、披露している動画が出てくる。

 このように様々なメディアを通して披露されている。そのようなアカペラをやる人々をアカペラーと呼ぶ。主に大学のサークルや社会人のサークルなどでアカペラは行われている。最近では、日本のアカペラグループLittle Glee Monsterが15枚目にリリースした「ECHO」という楽曲が、ラグビーワールドカップ2019のNHKテーマソングに起用されたり*1ガンホーが提供するゲーム『パズドラ』のコマーシャルに出演し、日本でも知名度のあるPentatonixが、YouTubeの総視聴回数を42億回に伸ばしていたり(2019年12月9日現在)と、非常に勢いがあると言っても過言ではない。

 

【アカペラでテレビ出演⁉︎】

 では、アカペラとはどのようなものなのか。それは、楽器を用いず、声を使って音楽を奏でる手法である。一般的にはメロディーにのせて歌詞を歌唱するリードヴォーカル、リードヴォーカルを支え複数人でBGMの役割を担うコーラス、一番低い声でコーラスを支え、曲にリズム感を生ませるベース、口でドラムの役割を担うパーカス、これらの役割を複数人で分割し、音楽を奏でている。

 アカペラは基本的に4〜6人で組むことが多い。グループによって違う曲を歌い、多種多様な音楽を奏でる。音楽といえば、ポップスやクラシック、ジャズ、ロックなど、いずれかのジャンルに属する。アカペラは、それらどの音楽も奏でること、属することができる。そして、自分の身体ひとつあれば始められるという手軽さをもつ。

 大学2年生の時に昔ハモネプに出ていた「ピノ☆」のメンバーと同じ大学で、ひょんなことから一緒にやる事になって始めました、と話すのは全国ハモネプリーグに出演経験をもつしょーりんさん。アカペラを始める人の多くは大学生や社会人になってからのようだ。

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『全国ハモネプリーグ2019』に社会人アカペラグループの「たびとも」のメンバーとして出場したしょーりんさん。現在、「ウルトラ寿司ふぁいやー」のリードヴォーカルとしても活躍している(提供:しょーりんさん)。

 このように、アカペラは多様なジャンルに対応し、アクセスしやすいものである故、多くの人に聴かれ、楽しむことができる要素があるといえる。

 冒頭でも記述したが、2019年の6月28日に『全国ハモネプリーグ』(通称「ハモネプ」)が4年ぶりにフジテレビにて放送された。ハモネプとは、「日本全国からの応募総数610組3329人から選ばれた15組が“ハモネプ”全国大会の会場となるスタジオに集結し、アカペラ日本一を競い合う」*2テレビ番組だ。

 全国ハモネプリーグに出場することになった理由を聞くと、「たびとものメンバーに『ハモネプ』に対する熱い想いを聞かされたので」と、グループ内のメンバーに後押しされたようだ。

 出演後の影響力を、「コーラスなのでさほど影響はないと思っていたが、フォロワーは500人ほど増えた。テレビはすごい」と語った。出演者の立場から考えて、『全国ハモネプリーグ』の注目度やアカペラの注目度は非常に高いようだ。

 さらに、『全国ハモネプリーグ』出演のメリットとデメリットを伺うと、

「テレビに出られること。芸能人に会えること。様々な出演のお誘いが来ることが利点」

とここでも影響力の強さを感じる。

 また、「欠点はとくにありません」と出演した本人にとっていいことが多いようだ。

 

【日本最大級のアカペライベント】

 このように、アカペラの大会から自身に良い影響を受けているアカペラーがいる。そんな彼らを、他のイベントの運営の立場から支える者達がいる。

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12月7日、盛り上がるソラマチアカペラストリート(撮影:徳生祐太)。

 今年で9年目を迎えるソラマチアカペラストリートは、2012年から東京都墨田区にある東京スカイツリーの真下の商業施設・東京ソラマチにて開催されている。学生や社会人関係なく、多くの人にアカペラを演奏できるようにと始められた。運営は学生がやっており、東京スカイツリータウンを中心に様々な企業の協力のもとできている。東京ソラマチ内の至る所にステージが設置されており、多くの演者が、アカペラーや、偶然にソラマチへ遊びに来たアカペラをやっていないお客さんに向けて演奏している。

ソラマチでアカペラのストリートライブを開催し、一般のお客さんにもアカペラを広く知ってもらいたい」と語るのは、今年開催された「ソラマチアカペラストリート2019」のプロデューサーを務めた蔵持璃保くらもちりほさんだ。1年生のときに当日スタッフ、2年次にコアスタッフ、3年次に副代表、そして4年次に代表になった。

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東洋大学アカペラサークル“hum”に所属している、蔵持璃保さん(撮影:髙橋秀輔)。

 東京ソラマチの開業とともに、このストリートライブが毎年12月に開催されている。昨年も12月7日・8日の2日間、スカイツリーのお膝元、ソラマチで開催された。2000人以上の出演者が、ソラマチに来た一般客やアカペラーを前に、9のステージに立った。それぞれのステージには、演者分のマイクとスピーカー、さらにバランスやエフェクトなどの音響の調整をする人(PA)が準備されていた。本番当日の12月7日に取材に行くと、ソラマチの通路を聴衆で埋めてしまうほどの大盛況であった。ソラマチという空間で開催されることにより、アカペラをやっている人もやっていない人も、多くの人々が聴いて、楽しむことができると実感した。

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12月7日、ソラマチアカペラストリートの様子(撮影:徳生祐太)。

 ソラマチアカペラストリートの今後について蔵持さんは、「ソラマチアカペラストリートと東京ソラマチは同い年なので、10年目という節目の年に向けて、一緒に大きくしていきたい」と話している。10周年に向けて新しい取り組みに挑戦しようとしていた。

 

【アカペラーの拠り所「BASS ON TOP」】

 今、こうして様々なメディアやステージが用意され、それらを通して披露されることにより、多くの人の注目を集めるアカペラ。そのようなアカペラーや、彼らにステージを提供するアカペラライブの運営団体を支えるお店が池袋にある。アカペラスタジオBASS ON TOP池袋東口店だ。今回アカペラに関する事業を運営している立場としての意見をもとに、今後のアカペラ業界がどのように展開していくかを見ていこう。

 現在BASS ON TOPは、開業順に高田馬場店、神戸元町店、天王寺店、そして池袋東口店が2019年7月28日にオープンし、4店舗存在する。今回、池袋東口店の主任の早川桃可さんにお話を伺った。彼女自身、アカペラをやっている。

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アカペラスタジオBASS ON TOP池袋東口店・主任の早川桃可さん(撮影:徳生祐太)。

「メインとなっているのは、アカペラをやっている方やコーラスグループの方、シンガーソングライターの方への練習場所の提供です。また、学生アカペラサークルさんをメインに、ライブの協賛を行い、金銭的な援助をしています。さらには、ソラマチアカペラストリートや、Japan A cappella Movement(JAM)といったアカペラのイベント運営団体さんと制作協力という形であらゆる面からサポートを行なっています」

 アカペラをやる人、聴く人、運営する人にとって、良い環境作りをすることに積極的な姿勢を見せていた。実際に、筆者もここBASS ON TOP池袋東口店を、練習で利用したことがある。非常に清潔感のある空間と、十分過ぎるほどの音響機材や、ステージングを確認できる大きな鏡など、練習に適した場所であったと感じた。

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アカペラスタジオBASS ON TOP池袋東口店の内観(撮影:徳生祐太)。

 アカペラ未経験の知人が、次のような疑問を抱いていた。

「アカペラスタジオでなくてもカラオケでアカペラをできるのではないだろうか」

 そこで、私はこの疑問を彼の代わりに尋ねると、早川さんは、

「アカペラスタジオはまず防音設備がしっかりしています。カラオケのように隣の部屋の激しい歌声が聞こえてくることがないです。最近のアカペラには、録音や撮影などをして、形に残すという文化が発達しています。ライブや大会のエントリーに動画や音源提出をするというシステムが主流なので、その質を重視する上で防音がしっかりしていないといけません。あと、一面に大きな鏡があり、メンバー全員が立った時に、全員が鏡で自身を見ることができて、ステージングやパフォーマンスを練習をしていただけます。そして、一番大きな違いはマイクが6本使えるというところです。カラオケだと2本しかないところがほとんどなので」

 と回答した。

 このように、アカペラをやる人に寄り添った練習環境を整えている空間が、アカペラー達に必要とされている所以だといえる。

 そして、先ほどにも少し述べたが、2016年にBASS ON TOPの1号店が東京・高田馬場に出来てから、3年経った2019年に4号店となる池袋東口店がオープンし、年々店舗の拡大が見られる。このアカペラスタジオの店舗拡大について早川さんは、こう説明する。

「まずはアカペラーが増えてきたというのが、ひとつ背景にあります。アカペラの学生サークルや社会人サークルに入部する方が年々増えてきています。特に社会人にとって、楽器を新しく始めるより、アカペラの方が簡単に音楽を始めやすく馴染みやすいため、今では3〜400人所属している社会人サークルも出てきています。次に、撮影の文化の発達が背景にあります。ライブや大会にエントリーするにしても、『マイクを使用してください』など、それなりの条件が出てきたので、それに適した録音環境を求めるアカペラーが増えてきました。その需要を満たすために、撮影に特化した環境を整えた店舗をオープンする必要がありました」

 現在アカペラーが増えていて、彼らの需要を満たす会社があるこのアカペラ社会は、今後発展の兆しがありそうだ。

 そして、BASS ON TOPにとって、4店舗目を池袋東口という場所にオープンさせた理由を、

「1号店の高田馬場店が、スタジオが利用する人たちで埋まってしまうことが多く、アカペラーさん達に練習場所を増やしてあげたいという思いがあって、都内にもう1店舗出すことにしました。そして、さまざまな方面からのアクセスの良さ、アカペラーさんにとって馴染みの深い場所である『池袋Live House mono』さんというライブハウスが近くにあったりと、アカペラーさんがよく来る場所として知られ、池袋が適していました」

 と、早川さんは述べた。

 これから、アカペラーの人口が更に拡大し、また新しい文化がアカペラ社会に発展すれば、アカペラスタジオBASS ON TOPもそれに合わせて形を変え、その時々のアカペラーに寄り添ったスタジオを運営していくだろう。

 

【アカペラを誰もが知る時代へ】

 今、様々な活動を通して盛んに行われているアカペラ。この音楽が、今後どういう発展を遂げていくのか、3人のお話をもとに少しずつ見えてきた。今回、アカペラをする当事者しょーりんさん、ライブを運営する蔵持璃保さん、アカペラをする人もイベントを運営する人も支えるアカペラスタジオの主任・早川桃可さんにお話を伺った。この3つの視点から、それぞれにアカペラ社会の今後の発展をどう望んでいるかを聞いた。

「全国の各大学にアカペラサークルはあるし、人口も増えてきていると思うし、音楽はジャンルが沢山あってロックが好きな人、洋楽が好きな人、メタルが好きな人みたいに分かれるけど、アカペラはジャンル関係なく『アカペラ』という形態で繋がれるので、非常に良いコミュニティだと思っています。私は結果としてメンバーに恵まれて、いろんな大会やテレビにも出させて貰ったけど、むしろアカペラを通して出会えた人達が何よりの財産でした。発展を望むというより、8年間やってきた身としては、これからもアカペラを大いに楽しんで下さい!っていいたい」(しょーりんさん)

「一般のアカペラをやってない人に知ってほしいという思いは、ソラマチアカペラストリート実行委員の全員が持っていることです。私たち実行委員は、一般の人が多く来場する、このショッピングモールでやるソラマチアカペラストリートを続けていくことによって、その影響力となれればいいと思ってます」(蔵持さん)

「アカペラ社会は、今後かなり発展していくと思ってます。今年ハモネプ(全国ハモネプリーグ)が復活したり、だんだんゴスペラーズから若い世代のグループ・リトグリLittle Glee monster)に、一般の方の馴染みが変わってきたりして、良い流れができているのではないかと思います。大会のエントリー数も増えてきて、大会自体も増えてきています。2019年のハモネプで優勝したたむらまろさんが、学校のイベントにゲストとしてアカペラを披露したりしていて、若い世代にもアカペラに興味惹かれるようになってきてます。また、YouTuberの『HIKAKIN』さんなどが火付け役となり、ビートボックス界隈が盛り上がっていて、そこから誰かと音楽を奏でたいという時にアカペラをやり始めたりして、全体的に盛り上がっていくと思います。メディアの影響も相まってここからアカペラ社会は大きくなっていくと思います」(早川さん)

 

 ジャンルを問わず、音楽を楽しめるという特徴は、アカペラーが大事にしているポイントだと感じる。様々な音楽の好みを持つ人々が、ひとつのコミュニティに共存できている。それは、アカペラにはジャンルの壁を感じさせないほどの魅力があるからだろう。運営としての立場が共通する蔵持さんと早川さんは、新しくアカペラに触れる人たちが増えることを期待している。そのために彼女たちは、イベント開催やそのサポートなど、コミュニティが盛り上がっていく活動を続けている。

 現在もアカペラをやる人口というのが増えている現象と、様々なメディアやライブ会場を通して、披露されているという事実から、益々アカペラ社会は成長していくことが見込まれる。最近は若者のメディアリテラシーの向上に伴って、ネットやSNSなどで自らアカペラをしている姿を発信しているアカペラーもいる。さらには、2016年のインターネットの人口普及率は90%を超えており*3、発信側だけでなく受け手側も多く存在している。この環境の中で、「とおるすアカペラチャンネル」によってYouTubeに投稿された、「【女性が歌う】Pretenderから始まるOfficial髭男dismベストヒットメドレー【ヒゲダン】(アカペラver)」という1本のアカペラ動画が200万回以上の再生回数を記録している(2019年12月21日現在)。

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【女性が歌う】Pretenderから始まるOfficial髭男dismベストヒットメドレー【ヒゲダン】(アカペラver)/とおるすアカペラチャンネル

 このような動画が投稿されているのも、アカペラに適した練習環境や撮影環境が作られているからであり、今のアカペラ社会の発展がなければ、実現しなかった現象である。アカペラをやる人も、イベントを運営する人も、それら全てを支える人も、同じアカペラ社会を良くしたいというプラスの方向を向いているので、間違いなく今後は大きな発展と成長を遂げるだろう。

 大学生や社会人がサークルを通して、結成したアマチュアアカペラグループが、CDやMVを制作してデビューするような時代が、そう遠くないだろうと思う。今では自身でYouTubeに歌唱動画を投稿して、発信しているグループが多いと見られるが、テレビの音楽番組でも見られる日が来るのではないだろうか。アカペラは、これからより多くの人に聴かれ、楽しまれ、益々コミュニティを大きく広げていくだろう。そのために、アカペラーは自分たちの歌唱動画や音源を、これからも発信し続け、一般の聴衆に触れてもらう機会を絶やしてはならない。

 ジャンル問わず、純粋に音で楽しんでいる人々が奏でる音楽であり、その表現は自由で無限に広がっているアカペラ。もちろん声だけで一曲を奏でることは簡単なことではない。普段何気なく聴いているアーティストの曲を声だけでカバーしていたら、おそろくそのパフォーマンスに感動するだろう。先にも紹介したように、現在では足を運んで見に行くライブだけでなく、家庭のテレビや自身のスマートフォンでも、番組やYouTubeを通して気軽に視聴することができる。そのようなアカペラに一度でも触れてみてはいかがだろうか。

 

取材・文/徳生祐太




*1:ORICON MUSIC, 2019, 「リトグリ、新曲『ECHO』MVに五郎丸歩選手出演 テーマは『頑張る全ての人々を応援』」『ORICON NEWS』 (2019年12月8日取得, https://www.oricon.co.jp/news/2144098/full/).

*2:全国ハモネプリーグ2019, 「放送内容詳細」フジテレビ (2019年12月9日取得, https://www.fujitv.co.jp/hamonep/).

*3:情報通信白書, 2017, 「インターネットの普及状況」総務省 (2019年12月21日取得, https://www.soumu.go.jp/johotsusintokei/whitepaper/ja/h29/html/nc262120.html).

子どもたちが望む遊び場とは?~現代における“遊び”の変化~

 「遊び」と聞いて、何を思い浮かべるだろうか。おそらく、世代によって答は違うだろう。子どもの遊びは、時代とともに変化している。現代では、ゲームばかりしていることに悩む親も多い。社会環境の変化は、遊びにどのような変化を与えたのだろうか。子どもの遊び場の問題は、各自治体の重要な課題でもある。

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自然の中で遊ぶ子どもたち。

空き地や土手など、以前は子どもたちが自由に遊べていた場所は、今では立ち入りができなかったり、そのようなスペースさえ無かったりする。今の子どもたちは、児童館や学童、ショッピングモールなどを遊拠点として遊んでいる。しかし、それらの場所には様々な大人のルールが介入してしまい、課題も多い。

 例えば学童保育は、親の共働き等で需要が高まっている。一方で、指導員の数が需要に追いついておらず、学童の待機児童が問題となっている。さらに、指導者の数に対して子どもの数が多く、効率化のために質が低下している。厚生労働省によると、学童保育は「共働き,一人親の小学生の放課後の生活を継続的に保障する」役割を持っている。学童は、家庭の延長として子どもと親密な関係を築き、遊びに関わらず様々な「生活の場」の役割を果たす*1そのために、指導員の質を向上させる目的で2015年から指導員に資格取得者が必要になるなどの取り組みが行われている。しかし、それがかえって指導員のハードルをあげることとなってしまっている。

【冒険遊び場「プレーパーク」】

 株式会社バンダイの小中学生への遊びに関するアンケートによると、小学5、6年生から遊びの内容は「ゲーム」が1位になっている。さらに、遊ぶ相手については1位が「一人で」、2位は「学校の友たち」、3位は「親」となっている。この結果から、現代の子どもたちの遊びが限定的になっていることが伺える*2

 遊びは、子どもの身体的、精神的な成長に大きな役割を果たすものである。身体的な成長は分かりやすい。例えば鬼ごっこでは、足腰の強化や機敏性などが鍛えられ、縄跳びは全身の筋肉、骨の強化とともに心肺機能の向上も見込まれる。外で体を動かすことは、直接的に身体の成長に繋がっている。一方精神的な成長は、様々な事柄を実際に体験することで育まれる。

 子どもの遊び場、そして地域のコミュニティの場として全国に広まっているのが、プレーパークだ。プレーパークの起源は、1943年にコペンハーゲン市郊外につくられた「エンドラップ廃材遊び場」である。整えられた遊び場よりも、廃材置き場で楽しそうに遊ぶ子どもたちを見て、造園家のソーレンセン教授が提案した。週に一回などの定期開催から、毎日開いている常設開催と形態は様々で、日本では1990年代後半から徐々に広まっていった*3

 プレーパークには、「プレーリーダー」が常駐しており、子どもたちの遊びを手助けしている。多くの大人たちも訪れる。

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園内に張り巡らされているキウイ棚。子どもたちは自分で収穫して食べることができる。

 「実際に土を触ったことのない子って、どのくらい固めた泥団子を投げられたらどのくらい痛いのかが分からないんですよね。地面を掘ったら湿った土が出てくるっていうのも、掘ってみないとわからないし」

 そう語るのは、東京都練馬区のプレーパーク「練馬区立子どもの森」の佐々木康弘さんだ。3年前までプレーリーダーをしていたが、現在は運営に回っている。子どもの森は「自然×冒険×交流」をコンセプトとして、練馬区の自然を活かして作られている。園内の遊具、遊び道具はほとんどがプレーリーダーの手作りで、季節によって新たな遊具が登場する。豊かな自然の中で、幅広い年代の人たちが交流できる地域の憩いの場となっている。

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子どもの森入口。

 筆者が取材に伺った日は、練馬区の緑化協力員の方々によるクリスマスの飾りづくりのイベントが開かれていた。

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どんぐりや枝を使ったクリスマスオーナメント。他にも松ぼっくりクリスマスリース等を作ることができる。

子どもたちが創造力を働かせてユニークなオーナメントやクリスマスリースを作り、小さな子どもからその保護者、高齢者の方まで幅広い年代の人たちが交流していた。このような縦のつながりがあるのも、プレーパークの特徴である。

 佐々木さん自身、子どもたちの遊びの変化を日々感じるという。

「ゲームはやっぱりみんなしますね。ここに来る子たちもゲームを持ってきてやっています。ゲームがダメとは言えません。今の時代、そこって避けられないと思うし」

 自然の中で遊ぶことの楽しさを子どもたちに知ってもらうため、子どもの森では様々なイベントを開いている。

子どもの森の一角には畑があり、「農園マスター」と呼ばれる子どもたちが自分の手で野菜を育てることができる。2か月に一回開催される「たき火でランチ会」では、農園マスターたちが育てた野菜を自ら収穫し、たき火で調理して食べることができる。このようなイベントは、五感(見る,聞く,嗅ぐ,触る,味わう)を刺激することで子どもたちの記憶に残りやすい。野菜の収穫や料理の過程で交わされるコミュニケーションは、子どもたちの社会性を育んでいる。

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自分たちで火をおこし、収穫した野菜でお味噌汁や炒め物を作る。

 子どもの森は、子どもたちがさらに自由に遊べるように、敷地の拡大も予定している。このような積極的な取り組みができるのは、区で運営する数少ないプレーパークであることも関係する。一般的にプレーパークは非営利団体が運営する場合が多いが、練馬区は子どもの遊びに重きを置いており、子育ての環境も整っている。

【子どもたちが失った「さんま」】

 佐々木さんよると、今の子どもたちには「さんま」がないという。「時間」「空間」「仲間」を指す「三間」のことである。

「時間」がない原因は、習い事や学習塾にある。学研総合教育研究所の調査では、1989年に習い事をしている子どもの割合は39.1%であったのに対し、2019年は80.4%にまで増加している。習い事をしている子どもたちの割合は倍になったことが分かる*4

 「空間」がない原因は、地域の目が厳しくなったことが原因と考えられる。公園の禁止事項(焚火、ボール遊び等)は増えており、遊具は撤去されている。子どものためにとやっていることが、子どもから遊びを奪ってしまっている。

 「仲間」がない原因は、塾や習い事に通う子どもが増えたことが原因だ。先ほどの子どもアンケートにもあったように、今の子どもたちは一人で遊ぶことが多い傾向にある。ゲームが楽しいから結果的に一人の遊びになるのか、遊ぶ相手がいないからゲームをするのか。最近のゲームは通信機能が発たちしたことによって広い社会との関わりを容易に持つことができる。インターネット上でのコミュニケーションという意味でいえば、子どもたちは昔よりも広いコミュニティを築いているのかもしれない。

 人間の発たち過程について、心理学者の西川泰夫は、スイスの発たち心理学者ジャン,ピアジェの知見を用いて次のように説明している。

生成過程は、基本的に4つの段階、これを操作期というが区分される。それは、運動一感覚操作期、前操作期、具体的操作期、そして形式的操作期の4操作期が区分される。その各々の操作期において何が変化するのかというと、知の中核におかれる図式(シェマ)が発揮する機能を支える論理関係構造の各段階に固有にみられる変化である。なお、この図式の変化を生じさせる契機となるものは、認識対象である外界事象との間の相互作用、往復作用、図式の適用(同化作用)とそれにともない生じるずれの調整(調節作用)、認識の適否の検証に基づく図式自体の構造的変化、生成をもたらすフィードバック作用である*5

 つまり、子どもは人、もの、環境など、外部と接触し、自分の認知とのすり合わせを行う。その過程で認知の調節をすることで成長する。全てを掌の中で済ませることのできることは非常に便利だが、子どもの成長の過程の中では実際に見て、聞いて、触れて、訪れることが必要である。

 身近な人との対面コミュニケーションの中で培われるものは、社交性だけではない。今の子どもたちの仲間の状況について、佐々木さんは「昔は家に行って誘ったら遊べていたけど、今の子どもたちはそういう子がいないみたいなんです。みんな塾や習い事をしているから。でもここに来れば遊べる場所があって、遊べる子も大人もいるので」と述べる。

 「三間」に加えて、もう一つの間が失われている。「すき間」だ。物理的なすき間だけでなく、子どもが言いたいことを言えなかったり、やりたいことができなかったりという、社会の子どもへの寛容さがなくなっている。少子高齢社会の日本では、子どもはマイノリティだ。高齢者への配慮や取り組みは多く見られる一方、どれだけの人が子どもの遊びに目を向けるだろうか。

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羽木プレーパーク内の手作りブランコ。

 

【日本初のプレーパーク】

 そもそも遊びには、目的や意図なく自発的に、心を充足させるために行うことである他、物事にゆとりのあることという意味がある*6。また、仕事の対義語ともいわれる。子どもにとっての「遊び」は成長に欠かせない、学びのような側面も持っており、「子どもは遊ぶことが仕事」と言われるのはこのようなことが理由かもしれない。しかし、大人たちの心のゆとりといった意味の「遊び」も不足していることは、子どもの遊びに大きく影響している。

「何が変わっちゃったんだろうね。モノは充実したけどね、昔に比べて」と話すのは、「プレーパーク羽根木」のプレーリーダー、まっくさんだ。

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リーダーハウスの壁に書かれている、子どもたちに向けた文言。

 プレーパーク羽根木は、東京都世田谷区に位置する日本初の施設である。多いときは一日200人以上の人が訪れる。住民と世田谷区が協働して運営しており、区内にはここを含め現在4つのプレーパークがある。

「ここはプレーパーク発祥の地ということで、今年で40年を迎えました。子どもたちがやりたいことが自由にできる環境ですね。普通の公園は遊具を造ったらそれで終わりだけど、ここは自分たちで造った遊具がどういうふうにつかわれているのか分かるので、子どもたちやプレーワーカーたちがこういうのがあったらいいなっていうものがあったら、形を自由に変えていけるっていうのも一つの特徴です」

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プレーリーダーと子どもたちで新たな遊具を造っている様子。

 敷地内にある遊具はすべて、プレーリーダーの手造りだという。さらに、事務局であるリーダーハウスも、昔の電信柱などを使ってプレーリーダーや地域の人たちで造ったものだ。子どもたちが屋根の上に登って遊ぶこともできる。

 プレーパークでは、子どもたちの「やりたい」を大切にしている。落書きをしたい、木に登りたい、ぼーっとしていたい。もちろん、習い事で体力面や知能面を養うことはできるが、子どもたちの創造力を養うには、やはり子ども自身から生み出される「やりたい」を大切にすることが重要なのだ。プレーパークはそのほとんどが屋外である。自然の中での遊びには限度がなく、子どもたちの遊びは次から次へと発展していく。

【時代に合わせた遊び場づくり】

 現代の子どもたちの遊びについてプレーリーダーの話をもとに見てきた。「遊び」という言葉の中に様々な意味があり、鬼ごっこも、ゲームも、おしゃべりもすべて含まれる。プレーパークでは、子どもたちの創造力を発揮させ、やりたいことを自由にできる。今回お話を伺ったプレーパークがある練馬区、世田谷区は子どもの外遊びを地域全体で推奨している。

 実際に公園の数は減るどころかむしろ増えている*7。増加する公園と、外で遊ばなくなった子どもたち。まっくさんはこの関係について、「公園という環境と、子どもの遊びのニーズがあっていないのかもしれない」と述べる。実際に、世田谷区内にも公園は多数あるものの、閑散とした雰囲気だという。

 プレーパークが世代に関わらず多くの需要があるのは、プレーリーダーが人と人を繋ぐ役割を担っているからではないだろうか。個人間のつながりが薄れている現代の遊びには、プレーリーダーのような媒体が必要なのだ。モノに不足ない時代を生きる子どもたちにとっては、遊ぶためにわざわざ公園に出向いていく必要を見出すことが難しい。そしてその公園は、自由に遊ぶにはルールが多すぎる。プレーリーダーたちは、遊びを提供する側であるのと同時に、遊ぶ側でもあるからこそ子ども目線の遊び場づくりが実現できる。不寛容になった社会の中で、子どもたちが自由に遊ぶための環境をつくることが必要だ。

 

取材・文/斎藤くるみ

*1:真田裕,「学童保育の目的,役割がしっかりと果たせる制度の確立を ~ 一人ひとりの子どもたちに『安全で安心して生活できる学童保育』を保障する ~」 ,厚生労働省、2009年https://www.mhlw.go.jp/shingi/2009/07/dl/s0728-8b_0001.pdf

*2:バンダイこどもアンケートレポートvol.243「小中学生の”遊び”に関する意識調査」結果https://www.bandai.co.jp/kodomo/search_2018.php 、2018年

*3:特定非営利活動日本冒険遊び場づくり協会ホームページ「冒険遊び場づくりの歴史http://bouken-asobiba.org/know/worldhistory.html、2020年1月22日確認

*4:学研総合教育研究所「小学生白書Web」1989年https://www.gakken.co.jp/kyouikusouken/whitepaper/198900/chapter6/01.html2019年https://www.gakken.co.jp/kyouikusouken/whitepaper/201908/chapter7/01.html

*5:西川泰夫,「心理学論考ノート : 『ヒト』はいかに『人』にな るか : 知性の生成変換過程とその数理構造」,放送大学研究年報,27巻,35~54頁,2010https://ouj.repo.nii.ac.jp/?action=pages_view_main&active_action=repository_view_main_item_detail&item_id=7530&item_no=1&page_id=13&block_id=17

*6:池上秋彦,金田弘,杉崎一雄,鈴木丹士郎,中嶋尚,林巨樹,飛田良文,「デジタル大辞泉」,小学館,2012

*7:都市公園データベース,「都道府県別の都市公園等の箇所数の推移」http://www.mlit.go.jp/crd/park/joho/database/t_kouen/pdf/10_h29.pdf 2020年1月22日確認

「流行りのアニマルカフェは動物を救うのか?」 日本の動物愛護精神の問題と展望

 

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ネコリパブリック池袋店(2019年11月25日、ネコリパブリック池袋店、滝本里緒撮影)。(最初のページで使用する写真)

流行りの「アニマルカフェ」ではたくさんの動物が働いている。最近のアニマルカフェは、カフェといっても飲食に重きはおいておらず、動物との触れ合いができる場のことをいう。昔は、一風変わった新しいカフェとして「猫カフェ」が主流だったが、現在は犬、フクロウ、ウサギ、ハリネズミ、子ブタ、爬虫類といった様々な動物がいるのが特徴だ。その中でも「ふくろうカフェ」は特に人気で、人の多く集まる浅草、池袋、表参道に軒を連ねる。最近では外国人観光客も多く訪れるという。

「ふくろうカフェ」では、普段見ることも触れることもないフクロウを、なでたり、自分の腕や肩にのせて触れ合うことができる。フラッシュなしであれば写真を撮ることが可能で、その様子を撮ると「インスタ映え」になることから女性を中心に人気がある。しかし、店の主役であるフクロウの労働環境は非情なものだ。今回、池袋の某ふくろうカフェに潜入調査をすることで、その実態を明らかにした。

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Instagramなどでよく目にするフクロウを腕に乗せた写真(2019年10月29日、池袋の某ふくろうカフェ店内、滝本里緒撮影)。

 

【拘束されたフクロウたち】

ふくろうカフェでフクロウは「リーシュ」と呼ばれるひもで足をつながれ、行動を制限されている。その行動範囲は半径20~30cmほどで、リーシュを嫌がり噛んでいる姿もみえた。フクロウの周辺は止まり木とその下のトイレシーツ以外は何もなく、水も置いていない。また、別室で休憩をさせたり、閉店後の狭い店内を飛ばせてもらうことはあるらしいが、外に出ることはなく24時間365日ずっと室内にいることになる。フクロウは狭い室内に何匹も展示されていて中には、一本の止まり木に4匹も止まっていることもあった。また、止まり木は地面から50cmほどの低いもので、お客がフクロウを見下ろす形式。さらに、店員がフクロウを腕に乗せて店の外で集客をする様子も見た。

フクロウは夜行性で、暗いところでも音や光を頼りに狩りをすることができるほどの感知度を持つ。また、狩りをするために、高い場所にとまり全体を見渡す習性がある。それらの習性に配慮することなく、常にこのような環境に置かれたフクロウは、一瞬たりとも気が休まらないであろう。

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リーシュを噛み抵抗をみせるフクロウ(2019年10月29日、池袋の某ふくろうカフェ店内、滝本里緒撮影)。

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近距離で展示されているフクロウたち(2019年10月29日、池袋の某ふくろうカフェ店内、滝本里緒撮影)。

 日本はフクロウに対してだけでなく、全体的に動物への配慮が欠けているといえるのかもしれない。例えば、日本のペットショップの実情はひどいものだ。商品となる犬猫は、幼ければ幼いほど需要が高く、商品価値が上がることから、日本では母犬から犬としての生活を身につける大事な期間(社会化期と呼ばれる生後3~12週)を終える前に商品として出荷される。また、売れ残り8か月を迎えた犬は、商品として価値がないとみなし、保健所に連れていかれるケースもある。さらに、動物販売システムに携わる業者の間には、「抱っこさせたら勝ち」という格言が存在する。ぬいぐるみのようにかわいい子犬、子猫のぬくもりをじかに感じさせ、その魅力で消費者の判断力を奪い、売ってしまおうとする手法だ。このような押し売りの結果、無責任な飼い主が増え、捨て犬、捨て猫を生む。そうした流れで、日本では2017年4万3216匹の犬猫が殺処分されたのである(太田匡彦『犬を殺すのは誰かーペット流通の闇』2016年/朝日文庫)。

しかし動物の殺処分数は(図1)のように年々減少傾向にある。この背景には、動物愛護法の整備、改正が働いて保健所に持ち込まれる動物が減ったということが大きい要因としてあるが、捨てられた犬猫や保健所に持ち込まれた動物を引き取り、保護、里親探しを行う動物愛護ボランティア団体の存在がある。また最近、そうした活動はボランティアの枠を超えて「ビジネス」として確立しているものもある。

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(図1) 環境省:全国の犬・猫の殺処分数の推移 (https://www.env.go.jp/nature/dobutsu/aigo/2_data/statistics/dog-cat.html

 

【アニマルカフェの新展開】

人の娯楽である前に動物を最優先に考えた「里親カフェ」という新しいお店が数を増やしている。ここでは、保護されたのち去勢、避妊手術(TNR)を終えた猫犬の新しい家族を探すべく、アニマルカフェの形で人と動物の触れ合いの場を設け、新しい家族を探すことを目的としている。

都内で里親カフェ「CATS AND DOGS CAFE」を営む吉田智恵子氏はこう語る。

 この店は当初、保護猫シェルターを目的としてできたものでしたが、商売可能な物件だったことからカフェ要素を取り入れ、飼い主と猫をつなぐ場所となる『里親カフェ』になりました。ここのいるのはすべて地域やセンターから保護した猫で、センターや多頭崩壊施設から保護した犬もいます。CATS AND DOGS CAFEは、墨田区曳舟駅から徒歩10分と駅からやや離れた静かな場所にあり、動物にとってもストレスがかかりにくいことを考えています。寄り道をするような立地ではないことから、本気で里親になろうと思って来る人が多く、動物に対して乱暴な扱いをする客は少ないです。ここでは、安易な気持ちでの里親希望者への譲渡はしません。譲渡条件を満たし準備を行った人しか里親になることはできません。また、ここでは里親になった方などお店に足を運ぶ人からは、多く寄付金が寄せられます。テレビなどで保護犬猫の特集が放送されると多くの視聴者から寄付金が集まり、ケガをした動物の治療費は賄えているのです。

 店内の猫のスペースは、ケージ、猫用ベッド、キャットタワーがあり各々スペースでくつろいでいた。猫を中心に考えているため、営業中にもエサをあげる時間があり、客の目に見えづらい所に猫用トイレがあるため、自由にトイレに行くことができる仕様であった。全体的に子猫が多く、人が来て猫じゃらしを何匹も集まりじゃれて遊んでくれる。そのような癒しの空間であることから、仕事帰りの会社員なども足を運ぶらしい。また、犬のスペースは「ドッグカフェ」のようになっていて、飼い犬を連れていくことが可能である。

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自由に過ごす猫たち(2019年11月21日、CATS AND DOGS CAFE店内の猫ブース、滝本里緒撮影)。

 こうした愛護精神のもとにできたCATS AND DOGS CAFEは、ふくろうカフェと比べて、動物がストレスを感じないことを一番に意識した運営になっていることから、動物に優しく、かつ保護犬猫の里親を探すというスタイルは殺処分から動物を救っているといえるだろう。しかし、CATS AND DOGS CAFEはお金儲けはしていないのでボランティア活動と言えるかもしれない。ふくろうカフェのように利益を上げることは、お店の継続にもつながる。

 里親カフェといった活動は、ボランティアの枠を抜けずらいのかもしれないと思われたが、ネコリパブリックは、「2022年2月22日までに日本の猫の殺処分ゼロに! カフェで保護猫たちの里親探しを行いながら、ビジネスとしても『自走』できること」を目指している。

 ここでは、生後7か月以上の大人猫のみがいる。子猫は里親が見つかりやすいが、大人猫はそうはいかない。そんな大人猫にスポットライトを当て、猫の性格など知って里親とつなぐ機会をネコリパブリックでは提供しているのだ。ここでは、いくつかの保護団体と提携して、元野良猫や他頭飼育崩壊になった猫など様々な理由を抱えた猫が集まる。ネコリパブリックは、岐阜県大阪府、東京都、広島県と各地に店を展開し、ビジネスとして成り立つためにカフェの利用だけでなく、雑貨やペット用品も販売している。また、ブランドイメージを持たせるために、ネコリパブリックを「猫共和国」とし、「入国確認書」といわれる「猫と触れ合うためのルール」を読み、パスポートを取得してから入国するという世界観がある。これは、客が猫を不適切に扱わないようにしたものでもある。また、里親になるには、審査を通らなければいけないというルールがある。

ネコリパブリック池袋店店長・上野佳世子氏から、お店の特色を伺った。

 ここでは、猫のパーソナルスペースを確保するために12匹以上増やさないというルールを設けています。ここではだいたい、月に2、3匹のペースで里親が決まっています。また、ネコリパブリック池袋店では来店したお客の募金の他に通販サイト・Amazon Japanが2019年6月から開始した「動物保護施設 支援プログラム」を用いて、ペットシートやキャットフードの寄付を受けています。

このプログラムは、Amazonを通じて動物保護団体の「ほしい物リスト」から商品を購入することで、それらが支援物資として各施設に届けられる仕組みだ。「ほしい物リスト」のこのような使われ方は日本独自だという。また、清潔感のある店内はどこを撮っても映える写真になりSNSで活発に写真をアップし宣伝的役割も果たしていることが分かった。

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お気に入りの場所でくつろぐ猫(2019年11月25日、ネコリパブリック池袋店店内、滝本里緒撮影)

ペットショップの役割は、商品となる動物の世話、生体販売、ペット用品販売と主に3つある。ネコリパブリックでは、動物愛護精神のもとにできた里親カフェながら、さまざまな工夫でビジネスとしても確立しており、ペット用品の販売、チェーン展開している様子は、里親カフェではなくペットショップの生体販売以外の役割を感じさせるものであった。

以上のような取り組みのおかげで、(図2)にあるように犬猫の譲渡数は増加していっている。

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(図2) 環境省:全国の犬・猫の返還・譲渡数の推移 (https://www.env.go.jp/nature/dobutsu/aigo/2_data/statistics/dog-cat.html

 

【幸せな動物を1匹でも多く】

今回ふくろうカフェと里親カフェの2店を比べて、動物を営利目的でしか見ていない店、動物愛護を目的にしている店、と経営目的に大きな差があることが分かった。上記で述べたように、ひどい環境であるふくろうカフェが流行っているということは、多くの人々は動物目線で飼育環境を考えておらず、自らの娯楽でしか捉えていないということだ。これは、これからの動物愛護を考えたときに問題であると考える。また、ここまで数多くの動物が殺処分されている現状があるにも関わらず、新たな命を生み出させ、それをペットショップで買うという日本では当たり前のシステム自体が、1人1人の動物愛護精神を欠落させているのではないか。

動物を殺処分から救うための里親カフェをみて、多くの人々が動物愛護精神を持ち、動物を殺処分から救うためには、ペット用品の販売を里親カフェが担い、ブリーダーから仕入れて販売するペットショップの数を減らしていくことがこれからは必要だと考える。

ビジネスとして確立している里親カフェは、ペット用品の販売、チェーン展開している部分に関してはペットショップの生体販売以外の役割に近づいていた。里親カフェで動物に触れたり、遊んだりできることは、ショーケースに入っていて、抱っこだけできるペットショップとは違い、動物の自然な姿を見て性格を知ることができ、より飼育の検討を促せるのではないかと思う。

動物を飼育したいと考えたときに、ペットショップから「買う」のではなく、保護犬・猫の「里親になる」という発想を一人でも多く持つことが、日本の当たり前のシステムを変えるために重要であり、動物への配慮を考えるきっかけになることを願う。

 

参考文献

藤野和義「ソーシャル・イノベーションの普及にむけて―保護犬の「里親探し」サービスを始めたペットショップの事例―」(2018/九州国際大学国際・経済論集)

原田 勝広, 高木 久夫「「ソーシャル・インパクト・ボンド(SIB)の犬猫 殺処分ゼロへの適用可能性について」の研究」(2016/明治学院大学教養教育センター付属研究所年報

内部告発―フクロウカフェ」(2017/ANIMAL RIGHTS CENTER)https://arcj.org/issues/entertainment/zoo/zoo1011/

「ネコリパブリック」https://www.neco-republic.jp/about-np.html

「CATS AND DOGS CAFE」http://cats-and-dogs.cafe/cafe/

環境省https://www.env.go.jp/nature/dobutsu/aigo/2_data/statistics/dog-cat.html

太田匡彦 『犬を殺すのは誰か ペット流通の闇』 (2016年/朝日文庫

 

取材・文/滝本里緒