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武蔵大学 2019年度 後期 メディア社会学方法論ゼミ【松谷創一郎】

喫茶店業界の現状 個人経営の喫茶店の苦境

  2019年10月、消費税が10%に引き上げられ、軽減税率が導入された。初の2桁台の消費税は様々な業界に大きな影響を与えたが、その中でも喫茶店業界への影響は大きいものだった。東京商工リサーチの2019年1〜8月の喫茶店倒産状況では8月の時点で42件であり、前年同期比35.4%増とかなり大きい。特に個人経営の喫茶店の倒産数が多く、このまま行くと2011年の70件に達するのではないかと懸念されている*1

  

 2011年は2000年以降で最も倒産数が多かった年である。主な原因として東日本大震災後の消費マインドの悪化が原因だと思われる*2

 そして2019年は、この年の倒産数に迫る勢いだという。主な原因としてコンビニのコーヒーメーカの普及やタピオカドリンクの流行等があげられる。またこの東京商工リサーチのデータは、消費税が導入される前のものである。そうなると10月以降に倒産数が加速する可能性が高い。

 「居抜き情報.COM」によると、飲食店は開業して二年で半分近く潰れる*3それでも初の2ケタ台の消費税導入や軽減税率導入によるレジ倒産(レジを購入する資本の不足で倒産してしまうこと)などの問題もあり、喫茶店は今岐路に立たされていると言える。

 また、ここで留意しておきたいのは、コーヒー自体の需要は増えているということである。全日本コーヒー協会によると、コーヒー消費量は2011年の420トンから右肩上がりで2018年には470トンになっている。また1週間あたりに一人が飲む杯数も増加傾向にある。これはつまり、コーヒーを飲む場所が変わっているのではないか

*4

 

 

【飲む場所の変化の例】

 飲む場所が変わった例の一つが、コンビニコーヒーである。

元々セブンイレブンは、1980年代からコンビニコーヒーの導入を検討していたが失敗続きであった。しかし2013年に導入されたセブンカフェは、かつての失敗の経験、ビックデータの活用もあり大きく普及した。わずか20秒程度で提供されるコーヒーは、通勤前のサラリーマン等に大きな需要があった。

コンビニコーヒーは個人経営の喫茶店だけでなく、大手コーヒーチェーン店にも大きな影響を与えている。またその大手チェーン店も個人経営の喫茶店を圧迫している。

 有名コーヒーチェーンの店舗数は、ホームページを見るとスターバックスが1497店舗(2019年9月30日時点)、ドトールコーヒーが1106店舗(2019年11月末時点)、コメダ珈琲が849店舗(2019年8月末時点)*5と、全国的に多数の店舗を展開している。スターバックスCEOのケビン・ジョンソンは2018年に、2021年末までに1700店舗出店を目指していると公言している *6 。コーヒーチェーンの中でも圧倒的な勢いを持つスターバックスは、どのような経営戦略をとっているのか。

 

スターバックスの経営戦略】

 スターバックスはコーヒーの質を重要視しており、全体的に値段も他の珈琲チェーン店より若干上になっている。

 例えばドトールと比較してみると、一番安いアイスコーヒーやブレンドコーヒーがSサイズ220円(テイクアウト)なのに対し、スターバックスはドリップコーヒーがshortサイズ319円と一番安く、100円の差がある。

 これにはスターバックス元最高責任者のハワード・シュルツの「第三の場所(サードプレイス)」という企業意識に紐付られる。「第三の場所」とはアメリカの社会学者レイ・オルデンバーグが著書「the great good place」で論じた言葉で、自宅や職場とは違う第三の居場所のことである*7。「第三の場所」という居心地の良い環境を提供することで、商品の価格が少し高くても顧客を集めることができるのだ。

 実際スターバックスの内装は工夫に工夫を重ねられ、緑色のロゴや木製のインテリア、暖色の照明等目に見える範囲でも落ち着くように設計されている。こうして見ると、スターバックスは雰囲気を提供する点においては、個人経営での喫茶店に近いスタンスを取っている。

 また経営として、広告をほとんど出さない特徴がある。なぜなら出店することが最大の広告となるからだ。駅ナカや複合施設、駅周辺の中心街等に店を構えることによって、開店の知らせが多くの人に素早く伝わるのだ。実際鳥取県に初店舗を出したとき時は、多くのメディアに取り上げられた。

 

【他のチェーンはどのように生き残っているのか】

 しかし顧客満足度の推移を見てみると、2018年はスターバックスはカフェベローチェドトールコーヒーに負けている *8ドトールはどのようにして今の地位を獲得してきたのだろうか。

 人気の要因の一つは簡素な外観である。スターバックスのようなおしゃれな店に入りづらい人には助かるだろう。確かに私もスターバックスのようなお洒落なイメージのある所より、ドトールのような素朴な造りの方が入りやすく感じる。

 値段も手頃なものが多く、人気メニューの「ジャーマンドック」は220円と驚きの安さだ。ドトールのキャッチコピーである「がんばる人の、がんばらない時間」は、新たに踏み出すパワーを充電するために必要だという考えがある*9。徹底した居心地の良い空間づくりが今の地位に繋がっている。

  次にコメダ珈琲について言及したい。もともとは1968年に開店した個人経営の店だったが、1975年には法人登録された。今年で創業51年で、デニッシュパンの上にアイスをのせた「シロノワール」は人気のメニューである。

 その特徴は、地元に根付いた現場主義である。また客の滞在時間も長い。暗めのアンティーク調の外観や長いソファ、スターバックスドトールとは違い店員が注文を聞きに来て店員が品を運んでくるフルサービスシステムが、平均滞在時間を長くしているのだ。これは居心地がよいとも捉えられるが、回転率が悪いことも意味している。

 しかしコメダ珈琲は日本のコーヒーチェーン店の中でも、トップレベルの売上を出している。何故なら全時間帯にまんべんなく客を入れる戦略を取っているからだ。他のコーヒーチェーン店は、あえて木製の固い椅子にすることによって一人一人の平均滞在時間を短くしている。そうすることで回転率が上がる。しかしコメダ珈琲は柔らかいソファにし、また新聞や雑誌を置くことによって居心地のよい場所を提供している。そうすることで様々な年齢層や立場の人が利用し、結果として全時間帯で多くの客が来店しているのだ*10

 

【個人経営の喫茶店の戦略は?】

 このようなコーヒーチェーンは年々店舗数を増やし、その圧倒的な合理性によって個人経営の喫茶店は少しずつだが淘汰されていく運命にある。では、個人経営の喫茶店はどのように考えどのような戦略を考えているのか。

 今回、東京都練馬区にある「トレボン」に伺い話を聞かせてもらった。トレボンは今年で38年目でマスターの塚本英男さんがひとりで経営している。

 最初に私が驚いたのは、レジが無かったことだ。「レジ倒産」について質問しようと思ったのでレジを使用していないことは想定外だった。

個人経営といっても様々な喫茶店があるが、1人で経営できるような小さめの店舗ではレジは必要ないのだ。実際この次に行った喫茶店モカ」にも、レジは無かった。塚本さんはこだわりの強い方で電化製品を周りに置きたくないそうだ。店内にも旧式の置き電話以外の電化製品は見当たらなかった。

 最初に消費税増税の影響を聞くと、驚いたことに消費税が導入された1989年以前から一切値段を上げていないそうだ。実際、経営状況は近年の使用している豆の高騰も相まって厳しいものだという。

 次に、そうした中でのトレボンの強みは何かと聞いてみた。塚本さん曰くコーヒーの徹底したクオリティの追求が顧客獲得に繋がっているという。トレボンは最高級のグレードの豆を使用している。倉庫に豆を置いておくことは殆どなく、使い切るように注文し新鮮な豆でコーヒーを淹れられるように心がけている。また創業38年という長い年月で試行錯誤された珈琲の入れ方は究極とも言え、塚本さん自身がコーヒーオタクのため今でも試行錯誤を繰り返しているという。

「豆は本当に気まぐれで、少し手順を変えただけで味が違うんです。毎日研究しないと味が落ちちゃいます」

 私はコーヒーに詳しくないし味の違いが分かるわけでもないが、それでも塚本さんのコーヒーは今まで飲んだものでは一番だった。しかし最高級の豆を使っている分、豆の価格変動には大きく影響を受けるそうだ。

 次にこれから喫茶店業界がどうなると思うか聞いてみた。今の時代は、豆の質が重要視されている第三ウェーブ期だという。またこれから第二次ベビーブーム世代が退職し、地元に帰省したりすることを考えると、個人経営の喫茶店が盛り返す時代が来る可能性は大いにあるという。

「私は何事も質の高いモノに接することが、心の質を上げると考えています。なので、お客様には良いコーヒーを飲んで人生を豊かにして欲しい」

 マスターは最後に言った。

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江古田駅近くのトレボン。日本大学芸術学部キャンパスのそばにある 撮影:秦 理人)

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(店内にある本物のコントラバス 撮影:秦 理人)

 

モカのマスターが語る個人経営の喫茶店の長所】

  次に江古田の「モカ」という店に行った。女性のマスター・藤野ミチコさんが1人で経営している。メニューは驚くほど安く、そこにはお金をあまり持っていない学生に来て欲しいという思いがある。

「意外と若い人は多いですよ。学校で起きたことや親や友達に相談しにくいことを話に来るんです。そういう人たちにお金をあまり気にしてほしくない」

 先程述べたコンビニコーヒーやコーヒーチェーン店についてどう思っているのか、聞いてみた。

「時代の流れの中で淘汰されていくものがあることは当然のことで、今は合理性が求められている時代であるため仕方がない。しかし、このような地元に根づいた喫茶店はかなり需要がある」

 このように個人経営の喫茶店における強みは、地元の人との付き合いやコーヒーの質の追求にある。それはコーヒーチェーン店では出すのが難しい利点だ。しかし資本主義社会において、個人経営の喫茶店よりコンビニコーヒーやコーヒーチェーン店のような商業性の高いシステムが競争に勝っていくのも事実である。合理性が求められているこの時代に生き残るのは難しい。

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(武蔵の音楽大学の近くにある。レトロな外観が江古田の街並みにとけこんでいる 撮影:秦 理人)

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(メニューは安く学生にはありがたい 撮影:秦 理人)

 

【喫茶店業界の現状】

    今回の取材で感じたのは個人経営の喫茶店が淘汰されていくのは不可抗力の部分もあるということだ。

 もちろん個人での経営努力は大切だ。最近では埼玉を中心に展開している「おふろcafe」や池袋の「探偵カフェ」など体験型の喫茶店や、トレボンやモカのような純喫茶が注目を集めている。多くの喫茶店が差別化を図ろうと経営努力に励んでいる。

しかし時代の流れは効率化だ。通販で家にいれば買いたい商品が届くし、本はタブレットでいつでも読める。果たしてそれが最善なのだろうか。トレボンのマスターの「質の高いものに触れることが、心の質を高めることに繋がる」という言葉が、効率化の進む時代で人々が忘れつつあることの本質に思える。

 私たちは効率化する時代の中で、素晴らしい喫茶店が淘汰されていく喫茶店業界の現実を受け止めなくてはならない。

 

取材・文/秦理人

*1:東京商工リサーチ「(1‐8月)『喫茶店』の倒産状況」2020年1月24日 確認https://www.tsr-net.co.jp/news/analysis/20190913_01.html

*2:経済産業省「産業活動分析(平成23年4月~6月期)」 2020年1月24日確認https://www.meti.go.jp/statistics/toppage/report/bunseki/pdf/h23/h4a1109j2.pd

*3:居抜き情報.COM「閉店しやすい飲食店の特徴は!?居抜き情報.COMが過去に閉店した飲食店の傾向の調査結果を発表![2014-2016年版]」  2019年1月24日確認https://www.inuki-info.com/reports/detail/9204

*4:全日本コーヒー協会「統計資料 『日本のコーヒーの消費と株価』2020年1月24日確認http://coffee.ajca.or.jp/wp-content/uploads/2019/04/data00c_2019_04.pdf 

 全日本コーヒー協会「統計資料 『日本のコーヒーの飲用情報』」2020年1月26日確認http://www.katocoffee.com/agca/data/data04.html

*5:スターバックスコーヒージャパン「会社概用」https://www.starbucks.co.jp/company/summary/  2020年1月24日確認

 ドトールドトールグループ総店舗数」https://www.doutor.co.jp/about_us/ir/report/fcinfo.html  2020年1月24日確認

コメダ珈琲店「会社案内」www.komeda.co.jp/company/aboutus.html  2020年1月24日確認

*6: 日本経済新聞「スターバックス、日本での戦略的取り組みを発表-2021年末1700店舗/UberEats導入/LINEと提携など」2018年11月8日付 https://www.nikkei.com/article/DGXLRSP101C1000000/ 

*7:片岡亜紀子、石山恒貴「地域コミュニティにおけるサードプレイスの役割と効果」   2017年、出版:法政大学地域研究センター   掲載雑誌『地域イノベーション』     p74 

*8:公共財団法人日本生産性本部「2018年度JCSI(日本版顧客満足度指数)第1回調査結果発表~帝国ホテルが10年連続顧客満足1位」 2020年1月24日確認https://activity.jpc-net.jp/detail/srv/activity001537.html 

*9:ドトール「News Release」https://www.doutor.co.jp/ir/jp/news/pdf/D0325_brand.pdf 2020年1月24日確認

*10:高井尚之「コメダ『滞在時間が長い』のに儲かる理由」『PRESIDENT Online』2017年1月6日https://president.jp/articles/-/20810