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武蔵大学 2019年度 後期 メディア社会学方法論ゼミ【松谷創一郎】

巨大化するアカペラ社会 〜拍車をかける3人のインフルエンサーたち〜

  今年6月28日、フジテレビにて『全国ハモネプリーグ』が4年ぶりに放映された。610組の応募の中から15組がテレビを通してアカペラを披露し、大きな話題を呼んだ。今ではYouTubeで「アカペラ」と検索すれば、グループのチャンネルや、披露している動画が出てくる。

 このように様々なメディアを通して披露されている。そのようなアカペラをやる人々をアカペラーと呼ぶ。主に大学のサークルや社会人のサークルなどでアカペラは行われている。最近では、日本のアカペラグループLittle Glee Monsterが15枚目にリリースした「ECHO」という楽曲が、ラグビーワールドカップ2019のNHKテーマソングに起用されたり*1ガンホーが提供するゲーム『パズドラ』のコマーシャルに出演し、日本でも知名度のあるPentatonixが、YouTubeの総視聴回数を42億回に伸ばしていたり(2019年12月9日現在)と、非常に勢いがあると言っても過言ではない。

 

【アカペラでテレビ出演⁉︎】

 では、アカペラとはどのようなものなのか。それは、楽器を用いず、声を使って音楽を奏でる手法である。一般的にはメロディーにのせて歌詞を歌唱するリードヴォーカル、リードヴォーカルを支え複数人でBGMの役割を担うコーラス、一番低い声でコーラスを支え、曲にリズム感を生ませるベース、口でドラムの役割を担うパーカス、これらの役割を複数人で分割し、音楽を奏でている。

 アカペラは基本的に4〜6人で組むことが多い。グループによって違う曲を歌い、多種多様な音楽を奏でる。音楽といえば、ポップスやクラシック、ジャズ、ロックなど、いずれかのジャンルに属する。アカペラは、それらどの音楽も奏でること、属することができる。そして、自分の身体ひとつあれば始められるという手軽さをもつ。

 大学2年生の時に昔ハモネプに出ていた「ピノ☆」のメンバーと同じ大学で、ひょんなことから一緒にやる事になって始めました、と話すのは全国ハモネプリーグに出演経験をもつしょーりんさん。アカペラを始める人の多くは大学生や社会人になってからのようだ。

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『全国ハモネプリーグ2019』に社会人アカペラグループの「たびとも」のメンバーとして出場したしょーりんさん。現在、「ウルトラ寿司ふぁいやー」のリードヴォーカルとしても活躍している(提供:しょーりんさん)。

 このように、アカペラは多様なジャンルに対応し、アクセスしやすいものである故、多くの人に聴かれ、楽しむことができる要素があるといえる。

 冒頭でも記述したが、2019年の6月28日に『全国ハモネプリーグ』(通称「ハモネプ」)が4年ぶりにフジテレビにて放送された。ハモネプとは、「日本全国からの応募総数610組3329人から選ばれた15組が“ハモネプ”全国大会の会場となるスタジオに集結し、アカペラ日本一を競い合う」*2テレビ番組だ。

 全国ハモネプリーグに出場することになった理由を聞くと、「たびとものメンバーに『ハモネプ』に対する熱い想いを聞かされたので」と、グループ内のメンバーに後押しされたようだ。

 出演後の影響力を、「コーラスなのでさほど影響はないと思っていたが、フォロワーは500人ほど増えた。テレビはすごい」と語った。出演者の立場から考えて、『全国ハモネプリーグ』の注目度やアカペラの注目度は非常に高いようだ。

 さらに、『全国ハモネプリーグ』出演のメリットとデメリットを伺うと、

「テレビに出られること。芸能人に会えること。様々な出演のお誘いが来ることが利点」

とここでも影響力の強さを感じる。

 また、「欠点はとくにありません」と出演した本人にとっていいことが多いようだ。

 

【日本最大級のアカペライベント】

 このように、アカペラの大会から自身に良い影響を受けているアカペラーがいる。そんな彼らを、他のイベントの運営の立場から支える者達がいる。

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12月7日、盛り上がるソラマチアカペラストリート(撮影:徳生祐太)。

 今年で9年目を迎えるソラマチアカペラストリートは、2012年から東京都墨田区にある東京スカイツリーの真下の商業施設・東京ソラマチにて開催されている。学生や社会人関係なく、多くの人にアカペラを演奏できるようにと始められた。運営は学生がやっており、東京スカイツリータウンを中心に様々な企業の協力のもとできている。東京ソラマチ内の至る所にステージが設置されており、多くの演者が、アカペラーや、偶然にソラマチへ遊びに来たアカペラをやっていないお客さんに向けて演奏している。

ソラマチでアカペラのストリートライブを開催し、一般のお客さんにもアカペラを広く知ってもらいたい」と語るのは、今年開催された「ソラマチアカペラストリート2019」のプロデューサーを務めた蔵持璃保くらもちりほさんだ。1年生のときに当日スタッフ、2年次にコアスタッフ、3年次に副代表、そして4年次に代表になった。

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東洋大学アカペラサークル“hum”に所属している、蔵持璃保さん(撮影:髙橋秀輔)。

 東京ソラマチの開業とともに、このストリートライブが毎年12月に開催されている。昨年も12月7日・8日の2日間、スカイツリーのお膝元、ソラマチで開催された。2000人以上の出演者が、ソラマチに来た一般客やアカペラーを前に、9のステージに立った。それぞれのステージには、演者分のマイクとスピーカー、さらにバランスやエフェクトなどの音響の調整をする人(PA)が準備されていた。本番当日の12月7日に取材に行くと、ソラマチの通路を聴衆で埋めてしまうほどの大盛況であった。ソラマチという空間で開催されることにより、アカペラをやっている人もやっていない人も、多くの人々が聴いて、楽しむことができると実感した。

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12月7日、ソラマチアカペラストリートの様子(撮影:徳生祐太)。

 ソラマチアカペラストリートの今後について蔵持さんは、「ソラマチアカペラストリートと東京ソラマチは同い年なので、10年目という節目の年に向けて、一緒に大きくしていきたい」と話している。10周年に向けて新しい取り組みに挑戦しようとしていた。

 

【アカペラーの拠り所「BASS ON TOP」】

 今、こうして様々なメディアやステージが用意され、それらを通して披露されることにより、多くの人の注目を集めるアカペラ。そのようなアカペラーや、彼らにステージを提供するアカペラライブの運営団体を支えるお店が池袋にある。アカペラスタジオBASS ON TOP池袋東口店だ。今回アカペラに関する事業を運営している立場としての意見をもとに、今後のアカペラ業界がどのように展開していくかを見ていこう。

 現在BASS ON TOPは、開業順に高田馬場店、神戸元町店、天王寺店、そして池袋東口店が2019年7月28日にオープンし、4店舗存在する。今回、池袋東口店の主任の早川桃可さんにお話を伺った。彼女自身、アカペラをやっている。

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アカペラスタジオBASS ON TOP池袋東口店・主任の早川桃可さん(撮影:徳生祐太)。

「メインとなっているのは、アカペラをやっている方やコーラスグループの方、シンガーソングライターの方への練習場所の提供です。また、学生アカペラサークルさんをメインに、ライブの協賛を行い、金銭的な援助をしています。さらには、ソラマチアカペラストリートや、Japan A cappella Movement(JAM)といったアカペラのイベント運営団体さんと制作協力という形であらゆる面からサポートを行なっています」

 アカペラをやる人、聴く人、運営する人にとって、良い環境作りをすることに積極的な姿勢を見せていた。実際に、筆者もここBASS ON TOP池袋東口店を、練習で利用したことがある。非常に清潔感のある空間と、十分過ぎるほどの音響機材や、ステージングを確認できる大きな鏡など、練習に適した場所であったと感じた。

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アカペラスタジオBASS ON TOP池袋東口店の内観(撮影:徳生祐太)。

 アカペラ未経験の知人が、次のような疑問を抱いていた。

「アカペラスタジオでなくてもカラオケでアカペラをできるのではないだろうか」

 そこで、私はこの疑問を彼の代わりに尋ねると、早川さんは、

「アカペラスタジオはまず防音設備がしっかりしています。カラオケのように隣の部屋の激しい歌声が聞こえてくることがないです。最近のアカペラには、録音や撮影などをして、形に残すという文化が発達しています。ライブや大会のエントリーに動画や音源提出をするというシステムが主流なので、その質を重視する上で防音がしっかりしていないといけません。あと、一面に大きな鏡があり、メンバー全員が立った時に、全員が鏡で自身を見ることができて、ステージングやパフォーマンスを練習をしていただけます。そして、一番大きな違いはマイクが6本使えるというところです。カラオケだと2本しかないところがほとんどなので」

 と回答した。

 このように、アカペラをやる人に寄り添った練習環境を整えている空間が、アカペラー達に必要とされている所以だといえる。

 そして、先ほどにも少し述べたが、2016年にBASS ON TOPの1号店が東京・高田馬場に出来てから、3年経った2019年に4号店となる池袋東口店がオープンし、年々店舗の拡大が見られる。このアカペラスタジオの店舗拡大について早川さんは、こう説明する。

「まずはアカペラーが増えてきたというのが、ひとつ背景にあります。アカペラの学生サークルや社会人サークルに入部する方が年々増えてきています。特に社会人にとって、楽器を新しく始めるより、アカペラの方が簡単に音楽を始めやすく馴染みやすいため、今では3〜400人所属している社会人サークルも出てきています。次に、撮影の文化の発達が背景にあります。ライブや大会にエントリーするにしても、『マイクを使用してください』など、それなりの条件が出てきたので、それに適した録音環境を求めるアカペラーが増えてきました。その需要を満たすために、撮影に特化した環境を整えた店舗をオープンする必要がありました」

 現在アカペラーが増えていて、彼らの需要を満たす会社があるこのアカペラ社会は、今後発展の兆しがありそうだ。

 そして、BASS ON TOPにとって、4店舗目を池袋東口という場所にオープンさせた理由を、

「1号店の高田馬場店が、スタジオが利用する人たちで埋まってしまうことが多く、アカペラーさん達に練習場所を増やしてあげたいという思いがあって、都内にもう1店舗出すことにしました。そして、さまざまな方面からのアクセスの良さ、アカペラーさんにとって馴染みの深い場所である『池袋Live House mono』さんというライブハウスが近くにあったりと、アカペラーさんがよく来る場所として知られ、池袋が適していました」

 と、早川さんは述べた。

 これから、アカペラーの人口が更に拡大し、また新しい文化がアカペラ社会に発展すれば、アカペラスタジオBASS ON TOPもそれに合わせて形を変え、その時々のアカペラーに寄り添ったスタジオを運営していくだろう。

 

【アカペラを誰もが知る時代へ】

 今、様々な活動を通して盛んに行われているアカペラ。この音楽が、今後どういう発展を遂げていくのか、3人のお話をもとに少しずつ見えてきた。今回、アカペラをする当事者しょーりんさん、ライブを運営する蔵持璃保さん、アカペラをする人もイベントを運営する人も支えるアカペラスタジオの主任・早川桃可さんにお話を伺った。この3つの視点から、それぞれにアカペラ社会の今後の発展をどう望んでいるかを聞いた。

「全国の各大学にアカペラサークルはあるし、人口も増えてきていると思うし、音楽はジャンルが沢山あってロックが好きな人、洋楽が好きな人、メタルが好きな人みたいに分かれるけど、アカペラはジャンル関係なく『アカペラ』という形態で繋がれるので、非常に良いコミュニティだと思っています。私は結果としてメンバーに恵まれて、いろんな大会やテレビにも出させて貰ったけど、むしろアカペラを通して出会えた人達が何よりの財産でした。発展を望むというより、8年間やってきた身としては、これからもアカペラを大いに楽しんで下さい!っていいたい」(しょーりんさん)

「一般のアカペラをやってない人に知ってほしいという思いは、ソラマチアカペラストリート実行委員の全員が持っていることです。私たち実行委員は、一般の人が多く来場する、このショッピングモールでやるソラマチアカペラストリートを続けていくことによって、その影響力となれればいいと思ってます」(蔵持さん)

「アカペラ社会は、今後かなり発展していくと思ってます。今年ハモネプ(全国ハモネプリーグ)が復活したり、だんだんゴスペラーズから若い世代のグループ・リトグリLittle Glee monster)に、一般の方の馴染みが変わってきたりして、良い流れができているのではないかと思います。大会のエントリー数も増えてきて、大会自体も増えてきています。2019年のハモネプで優勝したたむらまろさんが、学校のイベントにゲストとしてアカペラを披露したりしていて、若い世代にもアカペラに興味惹かれるようになってきてます。また、YouTuberの『HIKAKIN』さんなどが火付け役となり、ビートボックス界隈が盛り上がっていて、そこから誰かと音楽を奏でたいという時にアカペラをやり始めたりして、全体的に盛り上がっていくと思います。メディアの影響も相まってここからアカペラ社会は大きくなっていくと思います」(早川さん)

 

 ジャンルを問わず、音楽を楽しめるという特徴は、アカペラーが大事にしているポイントだと感じる。様々な音楽の好みを持つ人々が、ひとつのコミュニティに共存できている。それは、アカペラにはジャンルの壁を感じさせないほどの魅力があるからだろう。運営としての立場が共通する蔵持さんと早川さんは、新しくアカペラに触れる人たちが増えることを期待している。そのために彼女たちは、イベント開催やそのサポートなど、コミュニティが盛り上がっていく活動を続けている。

 現在もアカペラをやる人口というのが増えている現象と、様々なメディアやライブ会場を通して、披露されているという事実から、益々アカペラ社会は成長していくことが見込まれる。最近は若者のメディアリテラシーの向上に伴って、ネットやSNSなどで自らアカペラをしている姿を発信しているアカペラーもいる。さらには、2016年のインターネットの人口普及率は90%を超えており*3、発信側だけでなく受け手側も多く存在している。この環境の中で、「とおるすアカペラチャンネル」によってYouTubeに投稿された、「【女性が歌う】Pretenderから始まるOfficial髭男dismベストヒットメドレー【ヒゲダン】(アカペラver)」という1本のアカペラ動画が200万回以上の再生回数を記録している(2019年12月21日現在)。

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【女性が歌う】Pretenderから始まるOfficial髭男dismベストヒットメドレー【ヒゲダン】(アカペラver)/とおるすアカペラチャンネル

 このような動画が投稿されているのも、アカペラに適した練習環境や撮影環境が作られているからであり、今のアカペラ社会の発展がなければ、実現しなかった現象である。アカペラをやる人も、イベントを運営する人も、それら全てを支える人も、同じアカペラ社会を良くしたいというプラスの方向を向いているので、間違いなく今後は大きな発展と成長を遂げるだろう。

 大学生や社会人がサークルを通して、結成したアマチュアアカペラグループが、CDやMVを制作してデビューするような時代が、そう遠くないだろうと思う。今では自身でYouTubeに歌唱動画を投稿して、発信しているグループが多いと見られるが、テレビの音楽番組でも見られる日が来るのではないだろうか。アカペラは、これからより多くの人に聴かれ、楽しまれ、益々コミュニティを大きく広げていくだろう。そのために、アカペラーは自分たちの歌唱動画や音源を、これからも発信し続け、一般の聴衆に触れてもらう機会を絶やしてはならない。

 ジャンル問わず、純粋に音で楽しんでいる人々が奏でる音楽であり、その表現は自由で無限に広がっているアカペラ。もちろん声だけで一曲を奏でることは簡単なことではない。普段何気なく聴いているアーティストの曲を声だけでカバーしていたら、おそろくそのパフォーマンスに感動するだろう。先にも紹介したように、現在では足を運んで見に行くライブだけでなく、家庭のテレビや自身のスマートフォンでも、番組やYouTubeを通して気軽に視聴することができる。そのようなアカペラに一度でも触れてみてはいかがだろうか。

 

取材・文/徳生祐太




*1:ORICON MUSIC, 2019, 「リトグリ、新曲『ECHO』MVに五郎丸歩選手出演 テーマは『頑張る全ての人々を応援』」『ORICON NEWS』 (2019年12月8日取得, https://www.oricon.co.jp/news/2144098/full/).

*2:全国ハモネプリーグ2019, 「放送内容詳細」フジテレビ (2019年12月9日取得, https://www.fujitv.co.jp/hamonep/).

*3:情報通信白書, 2017, 「インターネットの普及状況」総務省 (2019年12月21日取得, https://www.soumu.go.jp/johotsusintokei/whitepaper/ja/h29/html/nc262120.html).