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武蔵大学 2019年度 後期 メディア社会学方法論ゼミ【松谷創一郎】

大学スポーツの転換期!? ―UNIVASの役割―

問題提起

 大学スポーツは、大きな転換期を迎えている。

 2019年3月1日、大学スポーツ協会・通称「UNIVAS」がアメリカの全米大学体育協会(以下「NCAA」)を参考にして発足した。また、日本体育大学筑波大学などでは、それに先駆けて「アスレティックデパートメント」が開設されるなど、大学スポーツの変革が始まっている。

 日本の大学スポーツは、趣味の延長線上として大学から場所を提供されているだけであり、大学自体がその活動に関与することがなくそれを統括する組織もなかった。いわば自由に活動している状況だ。部費の管理に関しても、主に監督、部長、コーチ、あるいはマネージャ―が行っており、中々実態を把握することが難しく、また学校に対しての報告義務がないため、部費の乱用など度々問題になってきた。

  • 日大タックル問題で見えた不透明さ

 こうした状況下で、この不透明さが浮き彫りになった出来事がある。「日大タックル問題」だ。

 2018年5月6日、日本大学フェニックスと、関西学院大学ファイターズの定期戦において、日本大学の選手が、関西学院大学の選手に反則行為にあたる危険タックルを3度して、負傷させた。日本大学は内田正人監督とコーチを懲戒処分。また、タックルをした選手及び、日本大学フェニックスに2018年度シーズン終了までの公式試合の出場資格処分が下された。

 この問題では「責任の所在」と「パワハラ」が問われた。タックルをした選手は、大学より一足早く記者会見をし、定期戦3日前に練習を外され、試合前日には、内田前監督から「つぶせば出してやる」といわれ、選手はこれを「相手選手にけがをさせろ」と解釈していた。しかし大学側は記者会見を受け、この指示は「最初から思い切って当たれという意味」と選手を否定するコメントを出した。このコメントに「指導者が選手に責任を押し付けている」、「なぜ危険行為をした際に、監督あるいはコーチは選手に指導しなかったのか」など、様々な厳しい意見が寄せられた。結果的にこの問題は、違法行為と認定できず、責任の所在は今もなお、藪の中にある。

 アメリカのNCAAでは厳格なルールがあり、それを破った場合、多額の罰金が科せられる。2011年、ペンシルベニア州立大学は、アシスタントコーチのうちの一人が犯した児童虐待事件を組織的に隠蔽し、NCAAは6000万ドル(110円で約66億円)の罰金を科した事例がある *1。その他、オフシーズンとプレイオフへの出場資格はく奪など、多くのペナルティーが科せれたが、ペンシルベニア州立大学はNCAAを脱退することはなく、この多額の罰金を即納した。NCAAはそれだけ、アメリカの大学スポーツにおいて、重要な役割を果たしている。

  • UNIVASが大学スポーツを変える

 そもそもNCAAという組織は何なのか。組織の始まりは1900年代初頭、当時のセオドア・ルーズベルト大統領とその他数名によって行われた会議とされている*2。その背景には11890年から1905年の間で、330人が高校、大学、レクリエーションを含めたアメフトにより死亡し、1905年に至っては大学生3人が死亡、88人が重傷するなど、多くのスポーツチームが活動を休止する大学が増えた。そうしたことを憂慮した関係者が、NCAAを組織していった。現在では、加盟数は1200校を超え、約50万人の学生アスリートをサポートしている。NCAAの役割は、大きく分けて6つある。

  1.     学業がおろそかにならないようなルールの制定とその運用および監視
  2.     学生アスリートがビジネスに巻き込まれないためのルールの制定と運用
  3.     トーナメントの主催
  4.     ビジネス
  5.     リクルーティングの監視
  6.     利益共有

    *3

 これらの役割が相互に作用しあい、大学スポーツの発展に貢献している。特筆すべきなのが、学業もおろそかにしない点だ。「学生の本分は、勉強である」を大原則に、オンシーズンとオフシーズンを明確に定め、オフシーズンの練習を禁止している。また練習時間も制限しており、学業に励むとともに、怪我の防止に一役買っている。

 では、日本の大学スポーツではどうだろうか。野球を例にして考えてみる。大半の大学は、2、3時間の練習を週5~6日行っている。また、朝練なども行っている大学もあるだろう。それにプラスしてアルバイトをすると考えたら、1週間のうち学業に充てる時間はほとんどない。また、東都大学野球連盟などでは、土日は六大学野球連盟が明治神宮球場を使用しているため、平日にリーグ戦を開催している。少なくとも、週2日は大学に行くことができない。学生の本分を見失っている。

 日本体育大学では、いち早く大学スポーツの改革に取り組んだ。UNIVASが設立される以前の2017年4月、アスレティックデパートメントが開設された。

現在競技力の向上だけでなくて、大学スポーツの変化に対応した総合的な組織が必要ではないかと学内で議論が上がりました。そういったことから、大学スポーツの振興に寄与することを目的に、学内の運動部を一体的に統括する統括支援組織として、アスレティックデパートメントの設立に至りました」

 日本体育大学体育学部教授の岡本孝信さんは、そう説明する。

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日本体育大学体育学部教授の岡本孝信さん(本人提供)

「学生が安心して部活を行えるような教育であったり、リスクとか危機管理のマネジメントの講習会を積極的に行ったりだとか、あるいはコーチの育成支援にも非常に力を入れるなど、各部活のサポートをしています」

 従来の大学スポーツの枠組みを越え、新たな組織作りを目指している。また硬式野球部では「体育会イノベーション」を掲げている。従来の体育会は、上下関係が厳しく、下級生は雑用を押し付けられるというイメージがあった。その悪しき伝統を払拭し、上級生が自ら雑用を行い下級生が心身共に余裕ある生活を築くことで、野球のみならず学業においても力を入れることができる、新たな体育会の伝統を築き上げようとしている。このような取り組みもあり、硬式野球部は2017年の明治神宮大会において、37年ぶりとなる日本一に輝いた。

「野球部自体が旧態依然からの脱却を図ることを積極的にやっていたんです。上下関係をできるだけ撤廃をして、これまでにない体育会の組織づくりを、アスレティックデパートメントの設立とうまく並行して成功している事例ですね」

 アスレティックデパートメントが設立されてわずか約半年のことであったが、その役割は非常に重要なものであるといえる。

「本学の具志堅幸司学長も『日体大のスタンダードがUNIVASのスタンダードになるように先進的な役割を果たしていこう』と述べられていますので、今後はUNIVASと共同で様々な取り組みが実現できるのではないかなと考えています」

 まだUNIVASは創立されて間もない。先進的な日本体育大学アスレティックデパートメントの取り組みは、今後のUNIVASにおける活動の模範的存在として、大学スポーツ界を担っていく。

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日本体育大学世田谷キャンパス(日本体育大学提供)

 岡本さんは「運動部に所属している学生が、安心して部活動を続けていけるための保険制度を、ぜひ実現してほしい」とUNIVASに期待を込める。スポーツをする上で、どうしても年間に数回の重大な事故が起きてしまう。しかし、現在の保険制度では大学ごとに保険制度が異なっており、大学によっては十分な補償がされず選手自身が負担を強いられるケースもある。全スポーツ選手が安心して競技に打ち込めることで、結果的に競技力向上にもつながる。

 また、UNIVASは事業内容に「学びの環境の充実」を掲げているおり、セカンドキャリアの援にも取り組んでいる。

プロ野球を例にしてみると、引退後、野球に携わる仕事をしている選手はほんの一握りであり、大部分は企業に就職するか、自営業を営むことになる。しかしプロ野球選手の多くは、今まで野球に打ち込み、社会人に必要なスキルを身に着けておらず、セカンドキャリアがうまくいかず途中で挫折することが多い。

「1つのことだけに集中をして、やり遂げることが美学」の日本では、セカンドキャリアのことはあまり考えられることがない。「大学スポーツを変えるなら、教育制度を変えるしかない」といっても過言ではないだろう。それだけ日本の大学スポーツは未熟であり、よく言えばさらなる発展を遂げる可能性を秘めている。その役目を担うのがUNIVASだ。

 

  • 大学スポーツの発展に向けて

 大学スポーツは、選手は人格形成、コーチはコーチング能力の向上を図る場。岡本さんは期待を込める。

「指導する者、受ける者が、競技力を高めるだけではなく、アスリートとして尊敬される人格を形成していく」

 大学スポーツそのような意味において、とても重要なものとなる。

 UNIVASが創設されてからまだ目立った功績は出ていないが、取り組みの1つとして「UNIVAS CUP」がある。どのスポーツにも言えるが、今までは競技ごとの優勝しかなかった。しかしこれは、大学スポーツの総合力を競う大会として開催されている。これにより、今まで注目されることのなかった競技にも応援の目が向けられるようになり、大学スポーツ全体の活性化、さらには大学のブランド力の向上にもつながる。2019年12月23日現在、131の大学が参加しており、優勝を目指している。

 「大学スポーツを活性化させるには、学生の力が不可欠であり、知恵とエネルギーと時間をかけて、みんなで考えていかなければならない」

 武蔵大学教授として、スポーツを専門に研究している上向貫志さんは熱く語る。

 学生が積極的にアクションし、大学を動かすことが大切なのだ。最近では、TwitterInstagramで活動を投稿している部活動が多くみられる。福島大学硬式野球部では、Twitterの投稿に力を入れており、新たな試みとして「選手密着型動画投稿」をしている。数年前は200人弱だったフォロワーも、現在では約1250人と、多くの人から注目を集める組織となった。こうしたソーシャルメディアの影響力は強く、学生がアクションするのに有効な手段だといえる。

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武蔵大学教授の上向貫志さん(2019年12月6日、上向さんの研究室にて。撮影:秦理人)

 また上向さんが勤務する武蔵大学は、現時点ではUNIVASに加盟していない。上向さん自身もなぜ加盟しないのかは知らないというが「大学スポーツに力を入れている大学と、入れていない大学では課題が劇的に違う」と述べる。

武蔵では大学がスポーツを支援していなさすぎる。しかしスポーツを大学の1つの武器として、アイデンティティの醸成のためのツールとして使うのであればお金がかかる。そこに中々舵を切ることができないのが現状」

 大学スポーツの変革が行われている今こそ、変わるときが来たのではないか。それが必ずしもいい方向に進むとは限らないが、スポーツは人を魅了するだけの力がある。

 今後の大学スポーツの展望として、岡本さんは「これまでは大学スポーツは任意団体だと認識がありましたが、単なる部活動ではなくて、大学としてどういうふうな組織づくりをしていくかが、今後の発展に大事になっていくんじゃないかと思います」と大学スポーツの発展に期待を込める。

 UNIVASはそのような点で、大学スポーツの発展のキーマンとなる組織だ。大学スポーツはかつてのしがらみを捨て、新たな伝統を築き上げていく。部活動に打ち込む場だけではなく、人格形成の場としても世間から認知されるようになれば、人口も増え、さらなる活性化につながる。今後のUNIVASの活動に注目だ。

 

取材・文/鈴木優輝

*1:冷泉彰彦、「陸の孤島『ペン・ステート』を揺るがした『少年への性的虐待疑惑』」『Newsweek』(2011年11月17日/https://www.newsweekjapan.jp/reizei/2011/11/post-367.php

*2:谷哲也「日本の大学スポーツ改革・日本版NCAA創設」 『デロイトトーマツ』(2017年12月20日https://www2.deloitte.com/jp/ja/pages/consumer-and-industrial-products/articles/sb/japan-ncaa.html

*3:河田剛『不合理だらけの日本スポーツ界』(2018年/ディスカヴァー・トゥエンティワン)1